*know my distance*
「know my distance」
『自分の距離を知る』??
この場合これは「身の程を知る」ということ。
ちなみに「身の程をわきまえろよ」は
「Don`t attempt more than you are capable of」。
私は、自分の暮らす環境や所有物なんかは「身分相応」を守れていると思っているけど
「すること」については、全然。 成長がないな、と思う。
特に、「できもしない仕事」を請けてしまったときは。
「できもしないと決め付けるなよ!」なぁんてかっこいいセリフだけど
結局ダサイ仕事しかできないなら、手をつけるべきではないね。
その仕事によって自分が成長するのを期待するのは一見前向きなことに思えるけれど、
そもそもそれって、賃金が発生する「仕事」ですることじゃない。
てめぇの成長なんててめぇで勝手にしとけよ、こっちは金払ってんだよって感じ。
私の通っていた小学校では毎春新しく来た「せんせい」の挨拶があって
新卒の若い教師なんかはよく
「私もこどもたちと一緒に成長していきたいですぅっ!」
とか熱く語っていたけれど、
「は?」ってシラけたのを今も覚えている。
「え、そんなの事前に成長し終えとけよ。給料発生するんだろ?
ここはあんたが学ぶ場所じゃないんだから
学び足りてないんなら大学戻んな、ボ ク ち ゃ ん 」。
要はそういうことだ。別に「教師」に限った話ではなく。
例えば企業なら「研修期間」「使用期間」を設けて教育するんだろうけど、
「ものをつくる仕事」でそれはない。
そもそもそんな猶予無しに求められている以上のことをするから「プロ」なのだ。
私がウンコみたいなものを書いて送っても
彼らはきっと怒らない。
国際バンクのATMに行って私に過不足なく報酬を振り込んで
帰りに寄ったバルのゴミ箱に「それ」をつっこんでおしまい。
「やれやれ、代稿用意しといてよかったよ。セニョリタ、ラ・クエンタ!」
「身の程を知る」、は、「know my place」 とも言う。
『ここはあんたが成長する場所じゃないんだよ、おじょうちゃん』
パソコンのディスプレイが、そう言っているように思えてならない。