こんばんは。

 

酒乱の話はまだまだ色々あって

酔って暴れて母が大けがしたり、まあ大変だった。

 

その時はそんな父と一緒に居た母がかわいそうに思えたけど

中学生くらいになった時には

好きで一緒に居たのだしそれを選んだのは母だったんだと

はっきり思った。

 

そしてそれに付き合っていたのは私だと思った。

 

子供は場所も親も選べないのに

親への愛情だけは沢山持っているもので

そこが自分でも始末が悪いと感じる所だ。

 

不安な気持ちは消えずにいた保育園の頃は

本当にグレーの世界だった。

 

セピア色ならまだいいのだけど

思い出は全部グレーがかっていて

どうも明るく思える事が一つもない。

 

今も良い事なかったかな?と

思い出そうとしてみたけど無理だった(笑)

 

保育園の食事も食べきれなくて良く取り残された。

 

周りは掃除を始めているのに自分だけ食べるように言われた。

 

机が全部後ろに移動しているのに

私だけ離れ小島の様に座り続けていた。

 

これってなんのお仕置きだろうと思った。

 

食べたくないのに食べる事はどんなに嫌な事か

良く学べたので自分の子供にはそうは言わなくて済んだことが

この経験の唯一の大きな利点だった。

 

先生も母も父も宇宙人に見えて一向に自分の事は理解されないのだと

感じたことを覚えている。

 

母は良くヒステリックな声で良く怒鳴っていた。

だから母が「優しい母の時」は本当に嬉しかった。

 

そう言う時間が長く続く様に

自分が良い子で居ないといけないと

思った。

 

良い子で居る事が私の一つの目標になった。

 

今日は23人の人が見てくれたみたい。

ありがとう。

 

また続きを書きます。