ロミオパークに来る子たちが隣接する我が家のトイレを借りていたが、先日、ついに家内が「家でくつろげない!」と怒ってしまい、仮設トイレを設置することにした。
いろいろ調べると、一番安価なものでも数十万円する。
我が家にはそんなお金はないので、頑張って検索すると中古で十数万円。
さらに頑張って探したら、使えるかわかんない程度のものがただ同然の値段で見つかった。
しかし、それを運ぶのに、レンタカー代や、ガソリン代、撤去費用や、設置費用、さらに修理費用や汲み取りのことなど、諸々含むとそれでも10万円。
力には自信があるので、一人で解体、撤去、積み込み、掃除、などやって、なんとか数万円で抑えた。
ちなみに仮設トイレの重量は120kgだった。
それを機械とかなしで、自力でトラックに載せたり、降ろしたりした。
だが2日かかって設置したのに、人目のつかない水路でこっそりしたりしている。
なんだかなー。
さて今回も橘氏。
「学校のいじめは、いじめられた子供が逃げることも戦うこともできずフリーズする。
これは脳にとっては大音量で警報が鳴っている状態なのでほかっとくと、精神疾患が現われる。
いったん自尊心への脅威とみなすと、脳は攻撃モードに入るので、相手の言葉に耳を貸そうとしない。
この時点でもはや熟議も説得も不可能になっている。」
戦えよ、と私は思うがな。
「かつては年長者は年下に、優越的にふるまうという文化規範があった。
共同体のみんながそれに従うのなら自尊心が傷つくことはない。
みんなが同じで仕方ないから。
教育が成立するには、教師と生徒の身分が違わなければならない。
学校はそういうところという合意が教師や生徒、親や地域社会で成立してはじめて教師は生徒を叱ることができる。
ところが社会のリベラル化がすすみ、生徒が教師と対等だとなると、叱責は攻撃とみなされる。
こうして学級崩壊となった。
近年、生徒がおとなしくなったのは、教師や親が生徒に友達として接するようになり、自尊心を傷つけなくなったからだ。
だが、SNSでは相手が目の前にいないため、匿名で気を遣うことなく、攻撃する。
SNSは人類の進化には存在しない環境で、自分は安全な場所にいながら、相手を一方的に攻撃できるという、最悪の環境を作り出した。
そこではささいなことで自尊心を傷つけられたと感じたものたちが罵詈雑言をぶつけ合っている。
残念なのは、この解決策がまだ人類が見つけられていないことだ。」
私はこれからも威厳のある教師として、生徒に接していく所存である。
暴力教師といわれようが知らん。
そうしないと怒られなかったその子が将来困るから。