ひとつ言い忘れたこと

ひとつ言い忘れたこと

官能の音楽に心を奪われ不老の知恵を省みるものはいない

 

 

日々の営み身を責めつつ、  
志もまた浅くなりぬ

怨み胸に満ちて高ぶれど、  
情けはなお芽ぐむことなし

かくて我ら、ふるまひを改めつつ、  
思ひ思ひの道を行くに至れり

 

されば、愛といふもの、  
ふたたび我らを引き裂かん

 

愛といふもの、  
またもや我らを引き裂かん

 

いかにして寝所かくも寒きや
そなた、身を背けて横たはりたまふ

我が時の計らひ、かくまで誤れりや
互ひの敬ひも、いまは涸れはてにけり

なほも心惹くもののありて、  
それをこそ、長き世にわたり守りきたりけれ

 

されども、愛といふもの、  
またもや我らを引き裂かん。 

愛といふもの、  
かさねて我らを裂かん

 


そなた、眠りのうちに声をあげ、  
我が過ちのすべて、あらはれにけり

口のうちに、何とも言はれぬ味の残りて、  
絶え入りぬべき焦り、身をとらへたり

かくもめでたきものゆえに、 

心乱れて なすべき術もなきか

 

されど、愛といふもの、  
またもや我らを引き裂かん

 

愛といふもの、  
またもや我らを引き裂かん

さらば、愛といふもの、  
そのすべてをも、ふたたび裂かん

 

愛といふもの、  
そのさまをも、また裂かん

 

 

 

 

1980年6月にリリースされたJoy Division(ジョイ・ディヴィジョン)の『Love Will Tear Us Apart』。この曲は、ポストパンクというジャンルを超え、音楽史に刻まれた「最も美しく、最も悲劇的なアンセム」の一つ。

イアン・カーティスの「遺言」

この曲の歌詞は、ボーカルのイアン・カーティスが自身の私生活の崩壊を驚くほど率直に綴ったもの。

  • 結婚生活の破綻: 当時、イアンは妻デボラとの関係が冷え切る一方で、ベルギー人女性アニーク・オノレと恋に落ちていた。その板挟みの苦しみと、愛が消えゆく恐怖が描かれている。

  • 「愛が僕たちを引き裂く」: 通常、愛は人を結びつけるものだが、ここでは「愛があるからこそ(執着や期待、罪悪感によって)お互いを傷つけ、バラバラにしてしまう」という逆説的な絶望が歌われている。

  • 最期: この曲がリリースされたのは、イアンが23歳の若さで自ら命を絶ったわずか1ヶ月後のこと。

光と影のコントラスト

この曲がただ暗いだけの曲ではない理由は、その重層的なサウンドにある。

  • シンセサイザーの導入: ポストパンクらしい無機質なドラムとベースに加え、ストリングス系のシンセサイザーが重厚に響く。これが曲に、悲劇的でありながらもどこか神聖で壮大な雰囲気を与えている。

  • ピーター・フックの高音ベース: ギターのような高い音域でメロディを奏でるベースラインは、この曲の象徴。

  • イアンのヴォーカル: 彼のバリトンボイスは、初期の荒々しさが消え、諦念と優しさが入り混じったような、唯一無二の響きを持っている。

文化的影響とエピソード

  • 墓碑銘: イアン・カーティスの墓石には、妻デボラの手によって「Love Will Tear Us Apart」の文字が刻まれている。

  • アンセム化: 歌詞の内容は極めて個人的で痛々しいものだが、その普遍的なメロディゆえに、今では世界中のフェスやクラブで合唱される「踊れる悲劇」として愛されている。

タイトルの残酷な反転

タイトルはニール・セダカの「Love Will Keep Us Together」のパロディであることが知られている。 つまり Joy Division は、“愛は僕らを結びつける”というポップの約束を真逆に裏返した。 これは単なる皮肉ではなく、愛が救済ではなく破壊の力として働く現実を冷徹に提示している。

 

イアン・カーティスの私生活と精神状態

この曲が書かれた時期、イアンは以下の三重苦に追い詰められていた:

  • 結婚生活の破綻(妻デボラとの関係悪化)

  • 愛人アニックとの関係(三角関係の緊張)

  • 重度のてんかんと精神的孤立

これらが歌詞の背景にあるとされる。

歌詞の「routine」「resentment」「emotions won’t grow」といった語彙は、 愛情が枯渇し、生活がただの“作業”になっていく感覚を淡々と描く。

 

冷たさと高揚の奇妙な同居

Joy Division の音はしばしば「冷たい」と形容されるが、この曲は特に顕著。

 

音響の特徴

  • 明るい調性に聞こえるシンセのリフ

  • しかしベースラインは不穏で、反復が“逃れられない運命”を示唆

  • イアンの声は感情を抑えたようでいて、底に焦燥が渦巻く

  • ギターは珍しくイアン自身も弾いている

この“明るいのに絶望的”という二重性が、曲の魔力を生んでいる。

 

感情の死と自己観察

Joy Division の歌詞はしばしば抽象的だが、この曲は異様に“具体的”だ。

特徴的なのは、感情の死を“観察している”視点。

イアンは自分の感情が枯れていくのを、 まるで他人事のように見つめている。 これはうつ状態の典型的な症状でもあり、 “自分が自分から離れていく”解離感が強く滲む。

 

 

“Again” の重さ ― 破局は一度ではない

サビの “again” は、 破局が一度きりではなく、何度も繰り返されることを示す。

これはイアンの墓石にも刻まれた言葉であり、 彼の人生そのものの象徴となった。

 

ポストパンクの文脈:都市の閉塞と個人の崩壊

マンチェスターという都市の荒廃、 サッチャー政権下の社会不安、 階級社会の閉塞感。

Joy Division の音は、 都市の冷たさと個人の絶望が共鳴した“時代の音”だった。

この曲はその象徴であり、 「個人的な破局」が「時代の破局」と重なり、 普遍的な言語へと昇華された。

 

この曲はなぜ“踊れる絶望”なのか

この曲はクラブでも普通に流れるし、踊れる。

これは矛盾ではなく、Joy Division の本質。

  • リズムは機械的でダンサブル

  • しかし歌詞は極限まで内省的

  • “身体は踊るが、心は凍る”という二重構造

このギャップが、 聴く者に“違和感”と“快感”を同時に与える

 

この曲が“永遠”になった理由

  • イアンの死の直前に録音され、死後にリリース

  • 彼の人生そのものの“予言”のように響く

  • 愛の破綻という普遍的テーマ

  • ポストパンクの象徴的サウンド

  • 墓石に刻まれたフレーズの重み

NME が「ロック史上最高のシングル」と評したのも頷ける。