暗い


暗い


暗い


出して


誰か


この世界から


出して


この世界を


壊して


「壊れろっ!!!」

悲鳴に近い声を上げて、らんすはベッドから飛び起きた。

部屋には、煌々と明かりが輝いている。

彼女は暗い場所が極端なほど苦手だ。そのため、眠るときでさえ明かりをつけていないと落ち着かないのだ。

額の汗をぬぐうと、落ち着け、落ち着け、大丈夫だ、暗くない、だから、怖くなんて無い、と何度も口の中で繰り返す。

「らんすちゃん、大丈夫か?」

ふと気づくと、ピエロが不安そうな表情(もっとも、表情全ては見えないので口元だけをみた印象だが)を浮かべて横に立っていた。

「怖い夢を見ただけだよ、昔の夢」

「その怖い夢が問題なんだろう。夢の中じゃ守ってやれないんだから」

その口調があんまりにも真剣なので、少しだけらんすは笑ってしまった。

心外だ、と言いたそうなので、ピエロに向かって手を伸ばした。

「怖いから寝るまでそこにいてね」

「それでいいのなら、そうするよ」

軽くピエロは手を握ってくれた。悪魔には人間と同じような体温がないせいか、ひんやりとしている。

それでも、昔から慣れ親しんだ感覚に、らんすは落ち着いて、また元のように眠ることが出来た。

ピエロは、彼女の寝顔を見ながらぼんやりとつぶやいた。

「まだ忘れられないんだなぁ。困ったもんだ」


「らんすちゃーん、おはよーござーいますっ♪」

明るいよく響く声でらんすは目を覚ました。

カーテンを引く音を寝ぼけた頭の端で認識する。

部屋の明るさは大して変わらないが、太陽の光がまぶしい気がした。

窓のところに、にこにこと笑いながら立っている女性が見えた。

ゆるくウェーブした髪を、ゴムでまとめてポニーテールにしている、ジーンズと白いシャツのよく似合う活発そうな人だった。

「おはよーございます…蓮華さん…」

吉祥蓮華(きっしょう れんげ)。ルゥの知り合いの一人で、同居人のひとり。

家事が好きで世話好きのため、自然とみんなの母親代わりのようになっている人だ。

実際には彼女は結婚すらしていないので、以前らんすが「蓮華さんてお母さんみたい」と言ったら「独身女性にそういうこというかなぁ、らんすちゃんたらっ☆」と言われた。

「もぅ、皆ねぼすけさんばっかりねぇ。早く着替えて台所にいらっしゃいね。今アイザック君が、ダンテ君を起こしに行ってるから、皆そろってご飯にしましょーっ!」

「はぁい」

そのときだった、どこかの部屋から悲鳴が聞こえてきたのだ。

らんすの表情が、一瞬にして険しくなる。

「今のはっ…」

それに対して、蓮華の表情は先ほどと変わらない。

「アイザック君の声みたい」

「何かあったんじゃ…」

「何かあったんでしょうね、たぶんダンテ君が部屋にトラップでも仕掛けてたのよ。昨日私が箒でたたき起こしたら、怒って『絶対誰も部屋に入れなくしてやる』って言ってたから」

ぽかん、とした表情でらんすは固まった。

それは、完全にアイザックはとばっちりではないのだろうか。

「さぁ、らんすちゃんいつまでも布団に入ってないで。はやく支度してね」

蓮華の笑顔を見て、らんすは何も言わないことに決めた。

世の中には、あまり触れないほうがいい話題もある。これもそのひとつなのだ。


朝食の席で、明らかにアイザックは不機嫌そうにしていた。

当然だろう。善意から他人の手伝いをしたら、ひどい目にあったのだから。

「悪いなぁ、アイザック。まさかお前が来るなんて思わなかった…」

「あぁ、悪かったよ。本当に最悪だ。部屋に入った瞬間催涙ガスなんて物騒なものを吹きかけられるとは思ってなかったからな」

「こんなに上手くいくとは思わなかった。でもちょっと効き目が薄かったな」

「お前反省して無いだろう」

「らんすちゃんは今日一日どうやって過ごすの?」

諸悪の根源戸も言えるはずの、蓮華がのほほんとした声で聞いてくる。

いいのかなぁ、と思いつつもらんすはアイザックとダンテを気にしないようにして、今日は街を歩いてみます、と答えた。

まだ、この街に引っ越して日は経っていない。気になっていた店をめぐってみるのも楽しいだろう。

「それはいいわねー」

蓮華は無邪気な笑顔でそう言った。


夕方になって、屋敷へ戻った所、門のところに誰か立っているのにらんすは気づいた。

見慣れない男だった。少し癖のある黒い髪、黒いサングラスをかけているので目から表情は読めないが、少し微笑んでいるように見える。見たところ、30歳には届いていないようだ。

何をするでもなく、門の前のところに立っていて、らんすはちょっと気味が悪い、と思ってしまった。

早く通り過ぎよう。

そもそも、知らない人というのは苦手なのだ。

らんすが男の横を通り過ぎようとしたそのときだった。

「こんにちは」

柔らかで、穏やかな声がした。どこか、ルゥの声と雰囲気が似ている。

その声がその男のものだということに気づくのに、時間は要らなかった。

そこで、無視して通り過ぎればよかったのだが、その声には穏やかながらも「答えないことを許さない」といった種類の、圧倒的な響きがあった。

らんすはおそるおそる男のほうを見ながら答える。

「こん…にちは」

「呼び止めちゃってごめんね?急いでたかな?」

そう言いながら、男はらんすの目の前までやってきて、視線を合わせるように軽くしゃがんだ。

「大丈夫…」

「そう、よかった。君はそこの家のお嬢さんかな?」

「何だ、お前は」

男の声に、ピエロが現れて答える。自分の視界の端に、いつもの黒い影が入ったことで、らんすは少しばかりほっとした。

「あれ?悪魔だ。君、悪魔使いなの?小さいのにすごいねぇ」

男は、ピエロが突然現れたことにもまったく動じず、むしろ楽しそうにそう言った。

逆にピエロのほうが、こんな反応をされたことに少し動揺しているようである。

「別に誘拐とかじゃないよ。ちょっと頼みたいことがあっただけ。そうだね…名前も名乗らないのは僕としたことがちょっと失礼だったかなぁ。僕は月船。月船歪(つきふね ひずみ)。…君は?」

「桐江…らんす」

「キリエ?」

月船はちょっと不思議そうに首をかしげた。

どうしたのだろう、とらんすが怪訝そうに眺めると、なんでもないよ、という風に手を振る。

「気にしないで。それより、ちょっと伝言を頼んでもらっていい?」

「誰に?」

「君たちが“ルゥ”と呼んでいる者に。僕の名前を出せばすぐにわかってくれるだろう」

「伝言は?」

「『僕の準備は整った』これでわかるよ。彼はとても賢明だから」

「わかった、じゃあ。これで」

らんすは、それだけ言ってくるりと踵を返し走り出した。早くここから立ち去りたかった。用事を受けたのも、話を長引かせたく無かったからに過ぎない。

「どーしたんだ?らんすちゃん」

ピエロが、不思議そうに尋ねる。

「あの人、何か怖い」

らんすは、少し震えた声で言った。


「ふーん、悪魔使いの癖に『キリエ』…ね。皮肉というかなんと言うか」

くすくす、と笑いながら月船は少女の後姿を見送る。

月が輝き始めた夕方のことだった。


続く


注:キリエ…キリスト教の礼拝における祈りのひとつ

しばらくの間話を進めていけたら、と思う「A half and a half」。

上手くストーリーの中で出していければいいのですが、なかなか上手く説明できていない設定もありますので、登場人物紹介も兼ねて設定説明をさせていただきますね。


世界

科学と、悪魔や妖精などの存在が共存している世界。

科学技術は、車や飛行機がそこそこ普及してきているレベル。ただし、地域による発展の差は少ないようである。

貴族制の残っている地域もあり、未だに「家」が大きな力を持つ場合も多い。


桐江らんす

性別:女

年齢:14歳

職業:悪魔使い(パートナー:ピエロ)

肩口くらいまでの赤い髪に、大きな骸骨のヘアアクセサリー。髪の色は、染めてあります。

年齢に比べて小柄。ダガーを使って戦う。
両親共に不在で、ピエロを親代わりとして育っている。

人懐っこい性格をしているようだが、実は人見知りで、かなりの人間嫌いである。

アイザック・J・ルディック

性別:男

年齢:18歳

職業:悪魔使い(パートナー:カース)

悪魔使いの家系である、ルディック家の直系。

青い瞳に、金髪。

時期当主候補で悪魔使いとしての勉強もしてきたが、それらのことに疑問を覚え、現在家出中。

比較的常識的な性格をしており、周りの人間の行動に呆れていることが多い。

ダンテ・デクスター

性別:男

年齢:23歳

職業:“自称”天才科学者

色素の薄い金髪に深い緑の目。常に眠そうな表情をしている上、ぱっと見はとても不健康そうに見える。

研究など、何かに没頭しているときは寝食などの基本的な生活習慣を忘れることもある。

面倒くさがりであるが、世話焼きな性格をしているらしく、らんすやアイザックを気遣ったりすることも少なくない。


ピエロ

性別:男

種族:悪魔

悪魔の中でも高位に位置する、「六百六十六の悪夢」として名高い悪魔

人の姿とほとんど変わらないが、表情が帽子と髪に隠れて口元以外見えず、表情がいまいち読めない。

性格はいい加減で、「楽しければそれでいい」という主義の持ち主。

人が争いごとをしているのを見るのが好きだが、らんすが巻き込まれる場合は例外。


カース

性別:男

種族:悪魔

ルディック家と契約をした悪魔。現在はアイザックのパートナーとして行動している。

ピエロと比べて悪魔の中での位置づけは低く、年齢もずっと若いようである。

比較的冷静な性格をしているが、どこか天然めいた発言をすることもある。苦労人。
目下の悩みは、アイザックと現当主の親子喧嘩をどうするか。

ルゥ(本名不明)

性別:男

種族:不明(人間で無いのは確か)

笑顔の印象的な、やわらかい栗色の髪を持つ人。

やや独断で物事を進めることが多いものの、人をひきつける魅力を持っており、らんす達のように彼を尊敬し、慕っている者は少なくない。
ピエロとは旧知の仲。

ノートに話を考えていた時に書いた登場人物のイラスト。上かららんす、アイザック、ダンテ。

実はらんすが一番描きづらいです。キャラクターとしては結構長い付き合いになるのに…
らんす
アイザック
ダンテ兄さん

「馬鹿みたいだなぁ」

アイザックはつぶやいた。わかっているのだ。

彼はらんすを嫌っているわけではない、妬ましかったのだ。

他人に認められる存在価値を自分の力で手にしている彼女が、暗い過去を見せない強い彼女が。

自分は、家名以外に存在を主張できるものも持ってないし、過去どころか自分の現在にも負けそうだから。

だが、こうしていても何も変わってくれない。

「カース」

「何だ」

それまで静かに控えていたカースが大きくは無いがよく通る声で答えた。

「俺たちの担当の分は喋れるように残しておくぞ。桐江は完璧に気絶させていってるし、ダンテだってあんなの使っちゃ大変なことになるのは目に見えてる」

それを聞いてカースは、アイザックに分からないように少しだけ笑った。彼らしいな、と思ったのだ。

「はいはい」

「……行くぞ」

ちゃらり、と音をさせてアイザックが取り出したのは、一見ロザリオのようにも見える、凝った細工の飾りだった。

細工の部分がところどころナイフのように磨き上げられていて、手にしっかりとそれを持ったアイザックがくるりくるりとそれを振り回すたび、周りの草花がしゃきん、しゃきんと斬られていく。

「でも、目くらいはつぶしても構わないぞ?手加減は面倒だし」


「にだいぶーん!」

楽しそうにらんすが叫んだ。

「俺も終了。案外手ごたえ無いのな」

その横でダンテもよしよし、とあやしながらジャンビーヤを抱えあげる。いいストレス解消になったらしく、ジャンビーヤは満足そうだ。

二人の足元にはうめき声をあげていたり、気絶してたりする人々。

やりすぎだよ、とアイザックはため息をついた。つまりは、相手が拳を固めた瞬間に全力で殴りかかるような人間だということなのだ、この二人は。

「カース、喋れるようにはしているな?」

「とりあえず」

ダンテの車に乗せてあった(何のためにかは不明だが)ガムテープでぐるぐるに巻かれたアイザックとカースの担当の分の人たちは、ぎくっとしたように彼らのほうを見た。

「拷問でもするのか?」

「お前じゃあるまいし人聞きの悪い。こういう時って、何か黒幕チックなやつがいるんじゃないのか?名前を言わせようと思って」

「卑劣だねアイザック!」

「うるさいっ!」

漫才をはじめてしまった彼らを横目に見ながら、カースは呆れていた。

一番思いやりというものを持っているのは、ひょっとしたら自分なのだろうか?そんな世の中は悲しすぎると思う。

「お前らも大変なのだろうなぁ」

自分がぐるぐる巻きにしておきながら、カースは彼らに同情の眼を向けた。

「いや、俺だって別にアイザックと一緒にいるのは構わないのだ。だがなぁ、時々俺は実は悪魔に向いてないんじゃないのかと時々思うんだよ……」

いや別に頭首殿に不満があるわけでもないし、とカースの愚痴は延々と続く。普段はおとなしい彼だが、それなりにストレスはたまっているらしい。

「でも俺は何だかんだ言っても、アイザックのことが大切なのだ。だから」

そこまで言うとしゃきんっ、と見た目で唯一人間とかけ離れた部分である真っ黒なかぎ爪を光らせた。

「アイザックの命令があればおまえらをばらばらにすることも厭わん」

目が本気だった。

カースの今までの独白を脅しと判断したらしく、彼らはてんでばらばらに話を始めた。

「おっ…おまえらどうしたのだ突然!?」

「おー、カース流石は知能犯だな、油断させておいて一気に脅す!えげつないえげつない」

慌てるカースの横でピエロが感心したようにうなずく。

「はっ!?何を言っているんだピエロ!?」

後ろではまだ三人の漫才が続いていた。

「分かってないとはよりえげつない。それよりこいつらの話ちゃんと聞いとけよ、あとでらんすちゃんたちに説明しないと」


結局、全員揃っての話が再開したのが約10分後。

ピエロとカースが根気強く(主にカースが)聞いた話をまとめると。

『ダンテ・デクスターは兵器を他国に輸出して戦争を起こそうとしている』という情報があり、兵器の回収を目的として動いたということ。

当然のことながらダンテは「そんなめんどくせーうえに意味の無いことするか阿呆!俺は平和主義なんだ!」とキレた。前半部はともかく、後半部はいかんせん信じがたい。

その上殴りかかったものだから、それを止めるまでにもう一騒動起こったのは、今回の話にしてみれば些細なことである。

とりあえず、その後は特に何事も無く、彼らは無事に目的地へたどり着いたのである。


「ねぇ、あなたは何をしたかったの?あなたならあんな兵器奪っても奪わなくても同じじゃない?わざわざあんなデマを流して」

栗色のふわふわした髪を持つ人形のように綺麗で、同時にひどく無機物的な少女は、鏡に向かって話しかけた。

当然彼女以外のものなど部屋の風景以外に移っていないはずだ。

が、数秒の後に、鏡の中から、まるでそこが窓だったとでもいうように、ぬらり、と男がひとり飛び出してきた。

二十代後半、といったところの少し癖のある黒髪をした男だ。

神経質な芸術家を思わせる顔つきをしていて、目には鋭い光が見えた。

ただし、それは左目のみだが。

彼の右目の部分は、抉り取られたかのように空洞になっている。その空洞は、陶器の人形の顔が欠けたような、非人間的なものだった。

少女は男に驚いた様子も無く、平然としている。

「別に。暇つぶしだよ。あえて言うなら、向こうの出方を見てみようかなぁと思ったくらいだ」

「向こう?」

「また教えるよ」

「いつもそれ」

少女はすねたように言った。男の姿はいつの間にか消えていた。


「おっかえりー。遅かったねー」

ある意味勝手なことを言って、ルゥが無事にたどり着いた彼らを笑顔で迎えた。

「ひさしぶりだね、ダンテ君。背伸びた?」

「いつまで子ども扱いですか。前にあったときにすでに俺成人してましたよ。さすがにもうそんなに変化しませんよ」

「そーかなー?まぁいっか。荷物は適当な部屋に置くといいよ」

どうやら、これで二人の役目は無事に終わったらしい。

「それじゃ、俺らは帰るか、桐江」「そだね」

二人が顔を見合わせたそのとき、不思議そうな顔をしてルゥが言った。

「何言ってるの?らんすもアイザックもしばらくここに住んでもらうつもりだよ?」

『は?』

全員が奇妙な声を出した。確かにルゥの屋敷は大きいから、この人数が全員住んでも部屋数が余って困るほどだが。いや、その前に唐突過ぎる。

「いや、そもそも挨拶的な意味もこめて二人にはダンテ君を迎えに行ってもらったんだけどね、これから同居人になるから。アイザックも家出してから住むとこ困ってるでしょー?らんすはまぁ、もともと家族に近いし。言ってなかったっけ?」

「聞いてないですよ!」

「ちょっと待て、ルゥ、そんな話俺だってきいてねーぞ!?」

「ピエロにも言ってないから当然じゃないか」

しれっとした顔で言われたものだから、逆に腹がたったらしく、だんだんとピエロの語調が荒くなってくる。

「ふざけるな、貴様、いつもいつもお前はそうだ、俺に何も言わず話を進める!だいたい分かってるのか、らんすとこいつらが一緒に暮らす!?らんすに何かあったらどうするというんだ貴様はっ!」

どうやら、微妙に本性が出ているようだ。いつもの軽さがなくなってきている。言っていることは普段と変わらないが。

それにしてもアイザックやダンテとしては「失礼な」としか言いようが無い話だ。

「君、いいお父さんになったねぇ、らんすの結婚式では号泣するんじゃない?大丈夫?」

「話をそらすな!そもそも誰にも嫁になんぞやるか!」

「何か起こらないようにらんすを守るのが君の仕事でしょ?」

「うっ……」

お見事、と後ろで他のメンバーが手を叩く。

「あくまでらんすとアイザックとダンテ君がよければ、だけどね。この話は」

「いいですよ」

「私もー」

「構いません」

三人が同時に返事をした。

こうなったら、ピエロには否定することはできない。

その代わり、彼はこっそりと目の前の昔なじみに聞いた。

「お前、何考えてるのー?」

ひみつ、と彼は笑って答えた。


一部、完

大通りを、派手なスピードを出して銀色の車が文字通り突っ切っていく。

当然ながら、ダンテの運転する車だ。

確かに、自分から「上手い」というだけあって、確かに事故は起こさない。

ただし、周りの車が危険を感じて避けていってくれるからなのだが。

おまけに、車の屋根の上にピエロが座っているのが状況を余計ひどくしている。

当の本人は、周りの驚きなどお構い無しに楽しんでいるようだが。

「ひひひ、いやぁ、風が気持ちいいねぇ。らんすちゃんも後で登ってみるといい、抱えといてやるから」

屋根をすり抜けて、車の中に頭だけ覗かせて、ピエロが話しかけてくる。

この状況に動じず運転しているダンテは、確かに天才なのかもしれないとアイザックは助手席で呆れた。

「楽しそうだね~」

「やめとけよ、桐江。髪が乱れるだけならまだしも、下手すると呼吸できなくなるぞ」

「そうなの?じゃあやめとく」

「それにしても案外平和なもんだ。さすがにやつらも諦めてくれたみたいだな」

「いや、お前の運転が危なくて近寄れないんだろ」

言うなれば車の形の弾丸が走ってるようなものだ。

さすがに、弾丸を止めにくる無謀な者はいないらしい。

おそらく、何か危険が及ぶとしたら車を止めたときだろう。

車は大通りを抜け、街を出た。

「街を抜けても懲りずについてくる車が5台~。思ったより少ねぇのな。俺とらんすちゃんで3台、アイザックとカースで2台ってとこだな」

ピエロが再び車の中に首を突っ込んできた(首だけが覗いているので、気味が悪いことこの上ない、後ろの車からはどう見えているのだろうか)

「俺にも1台」

ダンテが楽しそうにけらけら笑いながら言った。

「ん?大丈夫なのか?」

意外だ、と言いたげにピエロがダンテの方に顔を向ける。

「偶然出来たものとはいえ、人の研究成果を奪おうなんてふざけた考えの奴らは研究の実験台になってもらってもいいよなぁ、と思って」

「なぁるほど、そりゃあ楽しそうだ」

ふっふっふっふっふ、とダンテとピエロは顔を見合わせて楽しそうに笑った。

…どうやらこの二人は、根本的なところで似通っているのかもしれない。

「死人が出なきゃいいがなぁ…」

カースが不吉なことを口走った。もちろん、相手のほうに、ということだろう。

「じゃ、人通りもなくなってきたし、そろそろ車止めるかー!」

「そうしよーぅ!」

「お前ら、遠足気分だろ…」


ぎゅるぎゅる、と不吉な音を立てて道の端に車が止り、三人の人影が車から出て行くのを車に乗っていた男たちは見た。人通りがほとんど途絶えた道。ここならこちらとしても好都合だ。

目的の人物に、子供がふたり。もう二人いたはずだが、どうしたのだろう。

三人に逃げる様子が無いのを見て、男たちは車から降りた。

彼らの元に、赤い髪の小柄な少女が駆け寄る。

短く切った赤い髪に、大きな骸骨のヘアアクセサリー。赤と黒を基調にしたミニスカートにブーツのパンク・ファッション。

どこかのバンドのファッションを真似ているのかもしれない。

瞳は大きく、力強い。

「ねぇ、おじさんたち誰?」

彼女が無邪気に尋ねる。

ダンテ・デクスターにこんな知り合いや家族はいなかったはずだ(そもそも彼は家族と縁を切っている)。しかし、一緒にいたところを見ると、一応は彼の信頼している知り合いなのだろう。

この子供は、使えるのではないか、そう判断して、なるべく警戒心を与えないように振舞う。

「ダンテさんの武器が欲しいんでしょ?」

「そう、デクスターさんの持っている兵器があれば、この国の平和を守ることが出来るんだよ」

「あー、わかった!おじさんたちコッカケンリョクってやつだよね?国の平和を守るってことは!」

「そうだね」

「へー、私、国家権力って大っ嫌い」

彼女は笑顔のまま、そう言いきった。

「あなたたちは私を助けてはくれなかったもの。六百六十六の日が経ってもね。あなたたちには何も守れない」

「そりゃそうさ、らんすちゃん、人間ごときに期待するのはお互いに酷ってもんさ」

少女の後ろに、青年の姿が唐突に現れた。

「その点で悪魔は人間よりずっと優しいし優秀だろう?」

「そうだねー。それにしてもダンテさんすごいね、国家から狙われてるって、かーっこいいっ!」

「そーだなー、まぁ、天才って名乗ったのも伊達じゃないってかー」

楽しそうに後ろの青年と顔を見合わせて話をしていた少女は、再びこっちを見た。

「名乗り遅れました。悪魔使いの桐江らんすと、『六百六十六の悪夢』、使い魔のピエロです」

少女の口元は笑っていたが、目はまったく笑っていなかった。

「ダンテさんを守らなきゃいけないんだ。手加減するつもりだけど、うっかり殺しても怒らないでね?」

がちゃり、と音が鳴った。いつの間にか、彼女の手にはダガーが握られている。

ブーツの辺りにでも仕込んでいたのだろう。

少女と悪魔の笑顔が、フィルムを重ねたようにダブった。


「桐江はすぐに突っ走る……」

アイザックがため息をついたのを見てダンテがからからと笑う。

「積極的でいいじゃないか。おとなしい女の子よりは積極的なほうが俺は好みだけどね」

「お前の好みはどうでもいいっ、ていうかそういう状況じゃないだろ」

「まぁ、それはいいとして、アイザックは俺を守ってくれないの?」

「自分の身くらい守れないのか?自分に一台分回せとか言ってたくせに」

「できるよ。言ってみただけ」

「何でルゥさんがわざわざお前の警護を頼んだのか分からない」

「さぁ?あの人念には念を入れるタイプだから。よし、じゃ、俺もやるかな。アイザック。足元気ぃつけろ」

はぁ?と妙な声を出してアイザックは足元に目をやった。

イグアナみたいな生き物がそこにいた。

「うっわ……何だ」

「生物兵器その2-。名前はジャンビーヤ。いい子だけど強暴で人間の足くらいなら噛み千切れるから」

ぐっぱー、とイグアナもどきが口を開ける。ずらりと並んだ犬歯!

困ったことに、ダンテの言っていることは冗談ではないらしい。

「何やってるんだよお前は!こんなもの作って何を目指してるんだよ!」

「……神だ!」

「言い切った!」

「俺がすばらしいのはいいとして、早く行かないとらんすが全部倒しちまいそうだ。強いねぇ、ほら、またひとり倒れた」

「そりゃああいつは悪魔使いとして天才だからさ」

アイザックが呆れたように言った。

そう、彼女の強さは素質的なものだ。まだ幼いと言うのに高位の悪魔を道具や術に頼ることなく苦も無く使って、多くの同類に認められている。「家」の都合でなんとなく悪魔使いになってしまった自分とは違うのだ。

「そりゃ違うだろ」

ダンテがさらり、と口を挟む。アイザックが彼を見ると、今までと変わらない、どこか眠そうな顔で彼は話を続けた。

「努力に見合った結果を完璧に引き出せるのが天才って言うんじゃねぇの?努力も苦労も苦悩もないのは天才って言うより、単なる怠け者だ。聞けば、悪魔との契約にはリスクを伴うそうじゃないか。らんすも危険を冒して、苦労したからこそ今の『天才』と称される彼女があるんじゃないのか?」

それから彼はにやりと笑って、「じゃあ俺も喧嘩に参加しよっと」と言って笑った。


続く


人がいるのならば、外見ほど中身はひどくないかもしれないと考えていたが、まったくの見当はずれだった。

見た目と同じく、中身もひどい。

ところどころの床板は抜け落ちているし、ガラスが割れているものも少なくない。

実年齢よりずっと小柄ならんすの体重でさえ時々床を踏み抜いてしまうような状態だ。

さっきらんすは本当に床を踏み抜いたので、今はピエロが抱えて歩いている。

本人は「子供じゃないんだからいい」と拒否したが、「今回はよかったけど、うっかり転んで顔に傷でもつけたらどうするんだ!女の子なのに!」とピエロが叫んで、無理やり抱えあげていた。

成人男性の平均より少し細いだろうか、くらいの体格のはずのピエロが特に危険も無く歩みを進めているのは、彼が地面を歩かず、軽く浮いて進んでいるからだ。

普段は人間と同じように歩くこともしているから、自分で自由に変化させられるらしい。

カースも、服のすそに隠れて分からないが、おそらくは同じ状態なのだろう。

悪魔は案外便利な存在のようだ。

先ほどカースは「運ぼうか」と言いたげな視線をアイザックに送ってきたが、「余計な心配はしなくていいからな」とアイザックに言われていた。

基本的に、カースはアイザックの意思に反することはしない。

「あ、ここだよね、さっきの爆発のあった部屋」

らんすがドアのひとつを指差す。なるほど、他のものより若干ドアの損傷が激しい。

「開けるね」

ピエロが彼女を床におろし、そのまま彼女は何のためらいもなくドアを開ける。

「無鉄砲な…」

「何か言った?アイザック?」

「何でも」

怖いとか、危険かもしれないと疑うとかないんだろか。ないんだろうなぁ。

ドアを開くと、まだ爆発の後の煙が少し残っていた。

喫煙者が集まった部屋の中みたいになっている。

少し見えにくいが、人が何人か床に倒れているのが見える。

「まさか、倒れてる人の中にいるんじゃ……」

らんすが慌てて部屋の中に入った瞬間だった。

開いたドアのすぐ横、死角になる部分から、手が飛び出し、らんすを捕まえた。

「ひゃぁっ!?」

「らんすちゃん!!」ピエロが慌てて部屋に飛び込む。

アイザックとカースにも緊張が走った。

ひょっとしたら、さっそくトラブルの巻き添えを食ってしまうのかもしれない。

全員がいっせいにらんすを捕らえた人物を見た。

「何だ?あんたら?まぁた俺になんか用事のあるやつらか?」

まだ若い男性だ。20歳を少し過ぎた、といったところだろう。

後ろでひとつにまとめた色素の薄い金髪に、どこか眠そうな深い緑の瞳。

白衣をコートのように着こなしている。

肌の色が病的に白く(たぶん、太陽にしばらく当たってないと思われる)、おまけに線が細いのでとても不健康そうに見える。

全員が彼の顔を知っていた。

彼が、目的の人物、ダンテ・デクスターだ。

「ダンテ……、ダンテ・デクスターさん?」

らんすがおそるおそる聞く。男はめんどくさそうにあくびをして答える。

「そうだけどー?あんたらは何」

「ルゥさんに頼まれて、あなたを迎えに来た」

ダンテは「あぁー」と奇妙な声を出す。

「別にいいって言ったのになぁ。まぁ、そういうところがあの人のいいところなんだけど。ルゥさんの知り合いならまぁ、悪いやつじゃないだろうな。悪いね、お嬢ちゃん、びっくりしたろ」

ようやく手を離してもらえたらんすは、ちょっとためらった後、ピエロのところへ駆け寄った。

「それにしても四人、ね。大掛かりなもんだ。でも足音は一人分しか聞こえなかったんだけどな」

「あんな危険な床、家のかわいーらんすちゃんに歩かせられませんからっ」

ピエロの口調には、微妙に敵意が含まれている。

おそらく、らんすがつかまったのか気に入らなかったのだろう。

気にした様子も無く、ダンテは話を進める。

「お嬢ちゃんは『らんす』ね。苗字?名前?」

「名前です。苗字は桐江」

「桐江らんすね、OK、覚えた。で、そっちの坊ちゃんと兄さんたちは?」

「アイザック・J・ルディック。こっちはカース、悪魔だ」

「えっと、こっちはピエロ。彼も悪魔です」

どうやらピエロは自分から名乗ることはする気はないらしい。

らんすが気を使って、少しためらうようにして言った。

「おっ、悪魔。初めて見た。あとらんす、別に敬語使わなくていいよ。そういうの気にしないから」

「はい……じゃないや。うん」

「悪魔ってことは人間みたいに歩かなくても移動できるってことか?だから足音が無かった、と。面白いねぇ。まっ、話はここらにしようか、さっさと出かけようぜ?時は金なり、ってね」

ダンテは後ろにおいてあったらしいトランクを手に取る。

「その前に……ひとつ聞いていいか?」

アイザックが恐る恐る口を挟んだ。

「ん?いいけど」

「そこに倒れてる奴らはなんだ?何が起こった?」

そう、さらっと何事も無かったかのように話をしていたが、この状況はどう考えても普通ではない。

「質問が二つだな。まぁいいや、簡潔に答えよう。こいつらは俺の研究を狙ってきたので、正当防衛で気絶させた」

「研究?科学者なの?ダンテさん」

「惜しい!『天才』科学者だ」

また『天才』。自分から天才とか言うやつに絶対にろくなやつはいない、とアイザックは軽くため息をつく。

対照的にらんすは「天才なの?すっごーい」と軽く感動している。

「研究狙われてるって何作ってたんだよ……」

「んー?生物兵器?」

「何で疑問系なんだよっ!物騒なもの作りやがって」

「だって偶然出来ちゃったんだもん♪」

「『出来ちゃったんだもん♪』じゃねぇだろぉぉぉ…・・・」

アイザックはいらいらと叫び声を上げる。駄目だ、この中でまともな人間は自分ひとりだ。

らんすはぼけっぱなしだし、カースはそもそも大してしゃべらないし、ピエロは何か不機嫌だし。

「大丈夫大丈夫、細菌っていうかそういう感じのだけど、きちんと厳重に保管してあるから今は安全だ」

「当然だ!」

「ここ最近どっから情報が漏れてるのか、こういうやつらばっかりくるもんだから、さすがにやばいなぁ、と思ってたらルゥさんが何とかしてくれるって言うのでそっちへ行くわけなんだけど。あ、ところでここまで列車で来た?」

「あぁ、そうだけどそれが何か!?」

「帰りは乗客巻き込んだりしたら大変だから車で行こう。裏にあるから」

窓の外を指で示す。なるほど、鈍い銀色の車が止めてある。

ただしよく言えばクラッシックカー、悪く言えば廃車寸前の車であるが。

らんすが小柄であるから、5人乗れないことも無いだろう。

いざとなったら、ピエロかカースに屋根の上にでも座ってもらえばいい。

「ダンテさん運転するんだ?」

「できるよー。無免許だけど」

「は!?」

アイザックの顔が一瞬にして青ざめる。

「大丈夫大丈夫。俺運転上手いから。アイザックは心配性か?」

「そういう問題じゃない!」

「平気だから。さぁ、行こう」

ダンテはにんまりと笑った。アイザックは、今更ながらこの用事を引き受けたことを後悔していた。

やっぱり、桐江に任せればよかった!!


つづく