母の認識 | ドット ラ ロマンティラ

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~ dot la romanthira ~

私が抱く父への思いと、あまりに違っていた母の思いに驚愕したお話です。

 

亡くなってすぐの頃、母が漏らした言葉。

 

「お父さんは、ツイてない人生だった」

 

え? えぇ!?

お母さんは、お父さんの人生に対して、そういう認識なの!?

かなり、おったまげました。

 

でも、よく考えれば、私は娘であって、大事にされて、

母の立場とは違い、大変だった部分は隠されていたのかもしれません。

 

父のお勤めしていた会社が倒産して、退職金をもらえなかった。

手を大ケガして、働けなくなった時期もありました。

知ってはいたけれど、母とは違う立場で見ていた事でした。

 

母がそう感じたならば、それが母にとっての真実なのでしょうから、

そんな事ない、と私が否定する事ではないのですが、

何だかちょっと「ツイてない人生」って、パワーワード過ぎて面食らいました(苦笑)

 

 

入院する朝、父は母に言ったそうです。

 

「おれは、な~んにも悪いことしていないのに、どうしてこうなっちゃったのかな」

 

父は善良で真面目、欲もなく、争いを嫌い、

毎朝、神棚三ヶ所にお水をあげ、手を合わせて何かを祈っていました。

私の予想としては、

兄が今日も一日、無事に仕事を終える事ができますように

だったのではないかと思っています。

そして私の事もきっと、健康とか幸せとか、

祈ってくれていたのではないかと思います。

 

そういえば、葬儀社の方が我が家に来て、まずした事が、

 

「神棚を封じます」

 

そう言って、神棚の正面に白い半紙をテープで貼りました。

床の間にも貼りました。

四十九日まで、そのようにしておくそうです。

初めて知りました。

そして、その半紙を取るのは、家族以外、

関係性の薄い人にお願いしてください、との事なのですが、

関係性の薄い人に、そんなお願いをしても良いものなのか!?

お願いしづらい・・・悩みどころです。

 

 

思い起こせば・・・という事がボロボロと出てきます。

「アマテラス」「悪魔祓い」などと書いたメモがあって、

何これ!?と母に問うと、

 

昨年12月27日、近くの神社でお札の販売があり、

毎年父が買いに行き、神棚に祀るのに、

その日の父は寝ていたようで、母が代わりに行ったそうです。

 

父が行かないなんて絶対におかしい!

きっと具合が良くなかったのだと、今なら思います。

 

しかし、初めてお札を買いに行った母は、

いつもと同じお札を買えなかったようで、

父に聞いてメモして、もう一度買いに行ったそうです。

 

私は昨年12月29日に実家に行っていて、

クリスマスに、いいケーキが無かったので食べなかったという話を聞いていたので、

父の大好きなモンブランを買っていき、みんなで「美味しい~」と食べました。

いつもと変わらない父でした。

でも、私の前では無理して元気なふりをしていたのかな・・・。

 

 

腹痛を訴えて、初めて受診した日、血液検査程度で、

すぐに家に帰ってきたのですが、

 

 「お腹を押されて、痛いですか? ここは? 痛いですか?って聞かれるんだけど、

 ん~、そんなに押されたら、痛いような気がしてきちゃうよ。

 それで痛いって言ったら、病気にされちゃうんだ。」

 

と、苦笑いしながら話していて、その様子からは、猛烈な痛みの印象はなく、

なので、昨年末から体に異変を感じていたとしても、

隠れて痛みに苦しんでいた、という事はなかったのではないかと・・・

そう祈るばかりです。

 

お正月には、お餅を3個、ペロリと食べたそうです。

腹痛を訴える少し前、グルメな兄が買ってきたお寿司もペロリと食べたそうです。

(父はマグロが大好き)

 

ただ一点、心残りは、

 

父はうどんが好きなので、兄は当然のように父には「天ぷらうどん」を買い、

自分と母には、天丼を買ってきたそうです。

 

ただ、その日の父は・・・天丼が食べたかったようなのです。

母は、「一口ちょうだい」って言えばいいのに、言えない人だから。

後から、何だか天丼食べたかったようだと気付いた、と話していました。

 

亡くなってからでは食べられないのですが、

天丼、一番いい「松」の天丼を買ってきて、お供えしました。

さすが松!

とても美味しい天丼でして、それを食べられなかったのだから、

ツイてない・・・?(苦笑)

 

ツイていないというか、損得勘定しない人で、結果、損することになる、

という事だったのではないかと、私からは見えます。

 

 

 

何も悪いことしていないのに、どうしてこうなったのか

(今まで病気一つしてこなかったのに、なぜ入院する事になったのか、という意味かと)

 

おじいちゃんも、伯父さんも90歳以上の長生きで、

最後は自然に穏やかに、という感じだったので、

痛みがきて入院する、というシナリオは父にとって想定外だったのかと。

 

「何も悪いことしていないのに」

 

毎朝、お祈りをして、日々、丁寧な生活をして

(毛布の端と端をきっかり合わせて畳む、洗濯物もキチッと畳む、そんな性格の父)

誰に迷惑をかけるわけでもなく、贅沢もせず、庭の花を見て楽しむ、

 

確かに、な~んにも悪いことをしていないわけで、

最後に思ったのが、それだったら、すごく切なくて、ツライのですが、

そうでなかった事を祈る!!

 

あっという間に、アレっ!?という間に逝ってしまったので、

そんな事、思う間もなかった事を祈る!!

 

たとえ、最後にそう思ったとしても、今はあの世でケロッとしている事を祈る!!

 

絶対的に確信しているのは、伯父さんが迎えにきてくれたはず!

一番仲良しだった伯父さんと、おじいちゃんと、おばあちゃんも

一緒にいてくれているはず。

そこは、とってもいい所のはず。

そう祈っています!