木村さんを紹介します(父の話④) | ドット ラ ロマンティラ

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私のお友達はみんな「木村さん」を知っています。

 

なぜなら、いつも私の口から、

「これ、木村さんに買っていく」

「これ、木村さんのお土産にする」

「木村さん」

「木村さん」

 

普通に木村さんの名前を口にしてしまいます。

 

ご近所、確かうちから83歩くらいのお宅です。

木村さんのおじさんは、社交的で民生委員をしていて、

スポーツ万能で、いつも元気で、「健康体操」の講師をしています。

 

最初は3~4人の生徒さんがいたそうなのですが、

徐々に入院したとか、具合が悪くなって通えない等、

何と、生徒は私の父一人となってしまい、

マンツーマンで健康体操をしていた木村さんと父でした。

 

木村さんのおばさんは、手先が器用で手芸がお上手で、

とても可愛らしい方で、よく一緒に映画を見に行ったり、

出かけたり、第二のお母さんです。

 

古くからのお付き合いで、とても仲良くさせて頂いている木村さんご夫妻です。

 

 

今回、初めてお会いした「齋藤さん」もご紹介したいキーマンです。

アルファクラブのアドバイザーの方で、近所にお住まいで、

父が亡くなった事を連絡すると、すぐに手配をしてくだり、

沢山のアドバイスやお気遣いを頂いたので、全てがスムーズに進みました。

(母がこの齋藤さんからアルファクラブの互助会に入っていました)

 

齋藤さんが手配してくださって、10時には病院から自宅へ父が運ばれる事になりました。

 

荷物をまとめ、近くにいた看護師さんに、

「最後に一つ、お聞きしたいのですが、父はテレビを見ていましたか?」

 

父はテレビが大好きだったのです。

いつもテレビを見ては、コメンテーターに文句を言ったり、

相撲を見ては応援したり、

競馬を見ては、面白い名前の馬を探したり、

家では、とてもテレビを楽しんでいる人だったので、

 

「見てましたよ! 昨日、見てました」

 

と聞けた時は、あぁ良かった!

テレビ見れたんだね。

テレビが少しは気を紛らわせてくれたんじゃないかと思うんです。

 

「本当に穏やかに、穏やかな最後でしたよ」

と教えてくれました。

それはすごく、感じました。

 

何だか角度によって、うっすらと目が開いているようにも見えるのです。

そして、口角が上がっているように見えて、

ただ気持ちよく、すやすや寝ている感じにしか見えません。

 

そして、大好きな自宅へ父が到着。

ストレッチャーで運びこまれる時、私は家の前の道路で見守っていたのですが、

そこへ偶然、車で木村さん登場。

窓をスーッと開けて、

 

「サリーちゃん! 帰ってきてたの?」と笑顔の木村さんのおじさん。

「何か、車停まってるけど、何? どうしたの?」

 

「実は・・・ お父さん、一昨日入院して、今朝亡くなったんです」と答えると、

 

「え!? え!? 嘘でしょ!?」

 

木村さんの車が自宅前で停まっている為、

ストレッチャーが入れない状態になっていたので、

 

「後でお話に行きます」と言って、その場は車を発進してもらいました。

 

 

本来、この日は兄が成田山に行く予定だったので、

そのお土産を持って、木村さんの家に行き、

実は入院したんだ、という話をしに行く予定だったのです。

それが、まさかまさかの事態となりまして。

 

木村さんのお宅に行って、今日までの流れを説明しました。

おばさんが泣き出しました。

「これから行っていい?」と、木村さんご夫妻が初めての弔問となりました。

 

おじさんは、父の両肩をガシッと掴み、揺さぶりながら、

「何でよ! どうしてよ! 来週、体操来るって言ったじゃない!」

 

おばさんが「そんなに揺らしちゃダメ!」と、

おじさんをすぐに制したやり取りがコントみたいだったのですが、

すごく胸が熱くなりました・・・!

 

父はどちらかというと人見知りなタイプで、職人肌で、

寡黙で一人を好むタイプかと思っていたのですが、

 

木村さんのおじさんには、色々とお話していたようです。

おじさんが、体操中にあぁ言っていた、こう言っていたという話をしてくれました。

 

病院を受診する1週間前、1月9日は健康体操に出席していました。

その時、「何だかバランスが取れないなぁ」と父がこぼしていたそうです。

 

「俺があの時、気付いていれば!」

とおじさんが悔やんでいて、いえいえいえ、ありがたい。

おじさんが、こんなに父を想ってくれていた事を知って、

私は胸が温かくなりました。

 

木村さん、ありがとう。