私のお友達はみんな「木村さん」を知っています。
なぜなら、いつも私の口から、
「これ、木村さんに買っていく」
「これ、木村さんのお土産にする」
「木村さん」
「木村さん」
普通に木村さんの名前を口にしてしまいます。
ご近所、確かうちから83歩くらいのお宅です。
木村さんのおじさんは、社交的で民生委員をしていて、
スポーツ万能で、いつも元気で、「健康体操」の講師をしています。
最初は3~4人の生徒さんがいたそうなのですが、
徐々に入院したとか、具合が悪くなって通えない等、
何と、生徒は私の父一人となってしまい、
マンツーマンで健康体操をしていた木村さんと父でした。
木村さんのおばさんは、手先が器用で手芸がお上手で、
とても可愛らしい方で、よく一緒に映画を見に行ったり、
出かけたり、第二のお母さんです。
古くからのお付き合いで、とても仲良くさせて頂いている木村さんご夫妻です。
今回、初めてお会いした「齋藤さん」もご紹介したいキーマンです。
アルファクラブのアドバイザーの方で、近所にお住まいで、
父が亡くなった事を連絡すると、すぐに手配をしてくだり、
沢山のアドバイスやお気遣いを頂いたので、全てがスムーズに進みました。
(母がこの齋藤さんからアルファクラブの互助会に入っていました)
齋藤さんが手配してくださって、10時には病院から自宅へ父が運ばれる事になりました。
荷物をまとめ、近くにいた看護師さんに、
「最後に一つ、お聞きしたいのですが、父はテレビを見ていましたか?」
父はテレビが大好きだったのです。
いつもテレビを見ては、コメンテーターに文句を言ったり、
相撲を見ては応援したり、
競馬を見ては、面白い名前の馬を探したり、
家では、とてもテレビを楽しんでいる人だったので、
「見てましたよ! 昨日、見てました」
と聞けた時は、あぁ良かった!
テレビ見れたんだね。
テレビが少しは気を紛らわせてくれたんじゃないかと思うんです。
「本当に穏やかに、穏やかな最後でしたよ」
と教えてくれました。
それはすごく、感じました。
何だか角度によって、うっすらと目が開いているようにも見えるのです。
そして、口角が上がっているように見えて、
ただ気持ちよく、すやすや寝ている感じにしか見えません。
そして、大好きな自宅へ父が到着。
ストレッチャーで運びこまれる時、私は家の前の道路で見守っていたのですが、
そこへ偶然、車で木村さん登場。
窓をスーッと開けて、
「サリーちゃん! 帰ってきてたの?」と笑顔の木村さんのおじさん。
「何か、車停まってるけど、何? どうしたの?」
「実は・・・ お父さん、一昨日入院して、今朝亡くなったんです」と答えると、
「え!? え!? 嘘でしょ!?」
木村さんの車が自宅前で停まっている為、
ストレッチャーが入れない状態になっていたので、
「後でお話に行きます」と言って、その場は車を発進してもらいました。
本来、この日は兄が成田山に行く予定だったので、
そのお土産を持って、木村さんの家に行き、
実は入院したんだ、という話をしに行く予定だったのです。
それが、まさかまさかの事態となりまして。
木村さんのお宅に行って、今日までの流れを説明しました。
おばさんが泣き出しました。
「これから行っていい?」と、木村さんご夫妻が初めての弔問となりました。
おじさんは、父の両肩をガシッと掴み、揺さぶりながら、
「何でよ! どうしてよ! 来週、体操来るって言ったじゃない!」
おばさんが「そんなに揺らしちゃダメ!」と、
おじさんをすぐに制したやり取りがコントみたいだったのですが、
すごく胸が熱くなりました・・・!
父はどちらかというと人見知りなタイプで、職人肌で、
寡黙で一人を好むタイプかと思っていたのですが、
木村さんのおじさんには、色々とお話していたようです。
おじさんが、体操中にあぁ言っていた、こう言っていたという話をしてくれました。
病院を受診する1週間前、1月9日は健康体操に出席していました。
その時、「何だかバランスが取れないなぁ」と父がこぼしていたそうです。
「俺があの時、気付いていれば!」
とおじさんが悔やんでいて、いえいえいえ、ありがたい。
おじさんが、こんなに父を想ってくれていた事を知って、
私は胸が温かくなりました。
木村さん、ありがとう。