俺の人生はあの日を境にすっかり変わってしまった。酒に溺れていた俺は、いつの間にかこの人とも魚ともつかぬ生き物に呑まれてしまった。この人魚、いや、女をあの湖で見つけた日は今でも鮮明に覚えている。初めは俺に口も聞かず、ただ首を振ったり睨んだり。だが、だんだんと俺を知るにつれて、俺は今までの彼女の生き様をも知る羽目となった。昔の俺なら、他人のくだらない人生に興味の欠片もなかったが、彼女は俺に、ある老女にずっと閉じ込められていたのだと話した。そして、なんでもその老女はすぐにでも彼女を奪いに来ると、俺に泣きながら身の安全をすがんだ。俺は彼女を守ったわけでも何でもない。ただ、俺は彼女を利用してやろうと考えていただけなのに。それなのに、彼女は歳の食った俺の姿を見てなのか、いつからか悲しい顔しか見せなくなっていった。その顔はちょうど、冬の作り捨てられた雪だるまが、溶けながら家の中の明るさ、暖かさを何もできずに眺めているかのようだった。だから、あの日、俺は彼女に言ってやった。
「お前の悲しみはどこから来て、その悲しみはお前に何を導くと言うのだ?」すると、彼女は一瞬非力な笑顔を見せた後、くしゃっと泣き出した。今まで見たことの無い、人魚の涙。その涙はやがて真珠となり、彼女の胸や膝を伝って床にパチパチと音を立てて流れ落ちた。
「お前はあの日、あの湖で、俺に何を見出したのだ?お前という宝石は俺の目をくらませるやっかいなやつだ。眩しく光るその宝石を、この16年の間磨き続けては俺に見せつけてきたのだろう。あたかも俺が永遠をそこに見出せるかのように。今日の真珠は偽りの永遠の美を見せつける以外の何物でもない。どうなんだ。お前はいつも悲しい雪だるまのような目をして、お前は永遠に溶けない、その悲しさをずっと耐えていかなければならないと俺に言ったが、その悲しさは何なんだ?俺の人生は変わった。いい意味でも、悪い意味でも。やはり、お前は人魚でしかないんだな。」
そう言って俺は白くまだ生暖かさの残る真珠を踏み、蹴りながら、取り戻せぬ過去の道をひたすら迷い狂うまで歩き続けた。
担当:よしき