弦なしギター
幼いころから私は祖父に似て潔癖症だった。ことある毎に家を掃除してまわった。ある日、物置部屋を掃除しているときに埃の被った古いフォークギターを見つけた。弦は全部切れてだらっと垂れていた。埃を周りに飛ばさないようゆっくりギターを片手に取り、父へ見せにリビングへ持っていった。
「このギターだれの。」
「ああ、それはしまっておいてくれ。」父は新聞から顔を一瞬上げたが、すぐに紙面に目を戻した。
「またそんなこと言ってる。父さんが片付けないから家が汚くなるんだよ。これも一緒に捨てるよ。」
「だめだ。そいつは捨てるな。」
またいつもの父の悪い癖が私をいらいらさせた。父は生まれてこのかた掃除をしたことがあるのだろうか。私が掃除をしていていつも見つけるものは父の乱雑に脱ぎ捨てたシャツや靴下に読み漁った本の山、階段にはたばこの灰が落ちていることすらある。これらを見つけるたびに父に文句を言いながら片付けてきたのが私だ。要らなさそうな物は父に一言言って捨てるのが習慣だった。でも父はこの弦のないギターを捨てることを最後まで執拗に拒んだ。誰も使わず、壊れていてスペースをとるこのギターを父は必死に守った。私は呆れた顔でギターを元あったところに戻した。
上京して一人暮らしを始めてからバイオリンを始めた。といっても、そんな高価な楽器を買うお金はもちろんなく、友人に使わなくなったバイオリンを借りて練習をした。でもやはりよっぽど古いのか、調音があまりうまくいかない。何度音を合わせてもすぐに音がずれてしまう。そんなある日友人を家に呼んでバイオリンの音を調整してもらった。その途端、痛々しい音と共に弦が切れた。友人はこのバイオリンはひどく傷んでいるのかもしれないと言った。私はそのバイオリンを手に取り今度は自分で調整してみた。するとまた破壊音と共に弦が切れた。
その夜、弦の切れたバイオリンをベッドの傍に置いて寝たら夢を見た。
私があの弦なしギターを抱えて何か演奏している。懐かしい、雨上がりの夕暮れに似合うメロディだった。しかしギターを弾いたこともない私がいとも簡単にこんな曲を演奏していることに自分自身驚きを隠せなかった。どうやら私はこの一曲しか弾けないらしい。でも私は何度もその曲をまったりと悦ばしげに聞かせてみせる。私のすぐ傍には美しい笑顔で微笑みかける母とリビングの方からこの物置部屋を嬉しそうに眺めている父がいた。
父が弦なしギターを捨てることをなぜ拒否したのかわかった。二人の思い出の曲をいつかもう一度私と三人で聞いてみたかったのだろう。
今年の盆は、あの弦なしギターを持って母の墓へ参ろうと思う。