泣き所
明日から保育所がお休みなので、ゆっくり物事を思うことが難しくなるのでちょっと考えておきます。
こうしたきっかけがなければ、改めて考えることはなかった。
源氏物語って・・・
昔読んだ時より感涙する回数が多い。
昔って、高校生の時です。読みました。与謝野晶子訳とあさきゆめみし。
その時は夕霧と雲居の雁の恋や、女三宮と柏木の恋、自分の年齢に近い人物のことにドキドキしながら読んでいたけど、
歳を経て、
明石の御方がちいさな娘を紫の上に託したりするところに涙したり、
恋人を失って詠まれる歌の数々に感涙する・・。
若いころには自身に置き換えて想像できなかった、光る君を受け入れる、または拒む女の事情や心情。
「え~。そうなの~」
が、
「そうだよね。そりゃそうでしょ!」
と。
あの頃とは同じにはならない。
どんな文学でもそうなんだろうけど。読んでる自分が違うから違う見方をする。
ミドルエイジな私は、
「こういう人いるなあ。昔も今も同じだな。
この人心底そう思っているのかな、賢くやろうとしているだけでは?」
こういう感想増えました。
物語の世界を生々しく想像するので、昔のような「古典へのあこがれ」が少々かすんでしまう。
少女の私が中年になって失っている「ものの感じ方」があって、同じ感動は持てないんですね。
失ったものもあるけど、ヴェール越しに見ていた登場人物に対してそれを払いのけたようなビジョンが今の私にはあります。
登場するどの女性も当時とは見方が変わりました。想像する人物の容貌も変わりました。
光る君にしても、当時は主人公であるので読み手として味方し、応援しながら「素敵な主人公」として読んでしまうだけでしたが、今読むと改めて、色々理不尽な目にあっていたのは反目勢力右大臣側の人たちではないかと思うようになりました。
紫式部はどういうつもりで執筆していたのか。
どういう人だったのか。
1000年前の人なのに、話ができそうな人ですね。
女子会ができそうな人ですね。
歌、上手に詠むし。
物語中に詠まれる歌は彼女が詠んだと思いますが、シーンの人物の心情をとてもよく表していて、感動します。
和歌って素晴らしい文化です。源氏物語って偉大な平安の遺産ですね。グレイトなレガシー。
源氏物語に感動したヨーロッパの男性が、その方の母国語に翻訳された書籍があるそうです。
どんな翻訳をされたんでしょうか。翻訳の翻訳を読みたいです。
外国の方の感想も知りたいですね。
みんな、どう思うんだろ、このお話。
私は画家なので、言葉で考えずビジュアル化していくしかできません。
語れません。描きたいです。
次はどの情景を描こうかな・・・
