追憶
追憶、それは思い出。
思い出をたどる時、人は甘く切ない気分になるものだ。
言えなかった思いとか、果たせなかった約束とか。
しかし、思い出の成分のほとんどは「かんちがい」で出来ているように思われる。
「あの人もきっと悩んでいた」とか、
「あの頃の私は純だった」とか、
思い込みじゃないのかな。と思う。
きっと、私が思っていた以上に周りにはどうでもいいことで、
私が思っていた以上に感傷的な風景など無かったはず。
おだかずまさ、とか、の詩を聞くと、「あの日あの時あの場所で君・・・」
と言われて、
「そうよ!あの日あの時あの場所であの人はこう思っていたはず!私はこうだったの!」なんて妄想にふけるんですけど、相手は別に何にも思っていなかったはず。自分もそんなんんじゃ無かったはず。
思い出って、その後の自分の中だけで美しく切ないんですね。
思い出の成分のほとんどは「主観」でできている。
でも、いいんです。それで。
だって自分は生まれた瞬間から死ぬまで自分だもの。人間だもの。みつを。
自分の人生をどう回想しようが
私が私の人生をジャッジするから。
まるでシャンソンのように自分の人生を追憶するのもいい。
人生っていつも後になってからわかるものだから。
すべての人生って切ないものかもしれないし。
でも、おだかずまさを聴かされるのはちょっとひきます。
きらいじゃないけど・・
思い切って、「さだまさし」まで突き抜けましょう!