サラダを作りながら、私は思い出す。
もうあれから10年も経っているのだと。
渋谷は、宮益坂を上り切って青山通りに沿って少し歩いて路地に入るとそのお店があった。
“ビッグダディ”という名の、ゲイのオーナーがうっふんあっはんと店内を漂う店だった。

真っ白な壁にかかるたたみ1畳もあろうかと思われるほどの、男性と女性のフルヌードのデッサン画。
横に並べてかかる立ち姿の男女は、まるで向かい合っているみたいだったし、
気怠く目を閉じて横たわる女性の上には実は男性がいるのではと思うようなデッザンだった。
見事としか形容できない、その潔過ぎるインテリアに度肝を抜かれ、
私が配属されていた部の男子たちは、2度と女子スタッフと一緒に行こうとはしなかったし、
一人でや男子だけで行っていたとしても、女子スタッフには絶対そのことを言わなかったと思う。
店内は真っ白、それなのにトイレは黒の壁に赤のライティングだった。
しずしずと、トイレのドアまでL字型のスロープで誘われる。
座れば目の前の壁は天井から床まで1面の鏡で、赤いライトに浮かび上がるアラレモナイ自分の姿を見ることになるここは一体何部屋?
と言いたくなった。

$エッセイスト料理研究家ROMAKOの『好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる』-サラダ

疼く様なある一部がツンツンするような気持ちを抱えながらソファに座る気持ちは、その店以外が味わったことがない。
だけど、とびっきりに美味しかったのだ。
ランチにいつもオーダーしていたのは、ボウルにもっさり盛られたボリュームたっぷりのサラダランチ。
すっかり顔なじみになったオーナーが今日もうっふんあっはん漂って来る。
『いらっしゃぁ~い。今日もでかいアンタの顔だって入っちゃうボウルサラダでしょ?
 ワインは?あらやだー、してんだかしてないんだかわかんない仕事中だったわね。』
私に一言も喋らせず、勝手にオーダーを決めてツンっと振り返って行く。
本当に、身体よりもはるかに早く確実に首が向こうを向いてツンとするのだ。
その後に肩がついて行く、ゲイの所作が魅力的だった。
キャスケットや、ドット柄のネッカチーフ、カシミヤとシルクのニット、シャネルのエゴイスト。
彼はお洒落だった。

会社を辞めて久しぶりに坂を上ったら、ビッグダディはなくなっていた。
若くして逝ってしまったような感覚が今でも、ある。