「私もだな、ROMAKOと同じように歴史に名前を残すことが一応出来たみたいだ。」
私が出版をし、その書籍の本紙とデータが国立国会図書館と寺田倉庫に永久保存されるということを知ったとき、
私の父は少しだけ悔しそうな顔をしていた。
予々、歴史に名を残すのは男の夢とはばからなかった父らしい顔だなと苦笑しながら、
「いずれそうゆう時が来るわよ、私の父親でしょ。」といい加減な励ましをしていた。
その父が長年にわたり県のテニス協会に携わってきた功績に光が当たった。

$エッセイスト料理研究家ROMAKOの『好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる』-記念品外箱

母に言わせれば“与えてもらわないと困る”そうで、父の会社に行かない休日はほぼテニスと趣味のゴルフに費やされ、
自分を放りっぱなしにして、母の耐えて耐えて耐え抜いた内助の功に対する賞らしい。
そう言う母の気持ちも少し理解できる。
父の書斎はテニス協会の資料で埋め尽くされ、ファイルの背表紙は『テニス』ばかりだ。
30年くらい前にテニス倶楽部をつくりたいので力を貸して欲しいと、父に相談をしてきた女性オーナーの話しをしていた時、
「テニスが出来る女性には随分おやさしいことですのね。」と母がポロっと嫌みを言っていたのを私は覚えている。
父は打合せを自宅で行い、母は“理解ある妻”としてもてなしたんだと思う。
そのテニス倶楽部が稼働したのかどうか、私は知らないけど。
母が父のテニス対する情熱を本当に理解していたのかどうかは定かではないけれど、
ばぁばに「浮気相手がテニスやゴルフで良かったと思いなさい。」とたしなめられ、
「夫には好きなことをさせなさい。その分愛されるのだから。」と言われたそうだ。
テニスやゴルフを隠れ蓑にして本当の浮気をしていたらって思わなかったの?と母に聞くのは止めておいた。
お姫様育ちの母だけれどカンのするどい彼女は「あなたはどっちの立場なの?」と聞き返すに決まっている。
そしてこう言うのだ。
「そんなカンは棄ててしまったわ。」
父におめでとうとお祝いを言いながら、私の中にあるテニス協会を思い出していた。
それは父が賭けた情熱とは違ったけれど、人が情熱を注ぐことの素晴らしさを目の当たりにしている今を噛み締めている。

$エッセイスト料理研究家ROMAKOの『好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる』-銀杯

父は記念品の銀杯は飾らず、これでお酒を飲むと笑っている。
それならとっておきの1本を開けるわよと言う私に「一番初めは君のママとだ。」と大事に終う。
私はちょっと泣けた。

$エッセイスト料理研究家ROMAKOの『好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる』-表彰状

記念撮影、加工前の笑顔は本当に嬉しそうで、またちょっと泣けた。
人は夢を叶える力を持っているのだと、目の当たりにしている今を噛み締めている。