yahooブログで大人気の、フードアナリストお仲間のヒロリンさんが、
ある日のグルメブログに
『三人で二人前だったんだけど
 量が多すぎて一人前余ってしまった
 当然お持ち帰り』
と記していた。
お店で出されたモノのほとんどは残らない私だけれど、でも、たまにギブアップする時がある。
お店のほとんどは、ドギーバッグを持参していれば、自己責任でということで、持ち帰らせてくれる。
(生ものは、時期やお店判断で持ち帰れない場合が多い。)
でも、そうゆうときに限ってドギーバッグを持参していない。
残飯廃棄量は世界トップレベルに位置する日本。
このヒロリンさんの一言で、強い味方を得た様な気持ちになった。
好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる-doggybag2

組み立て式で、何度も洗って使うドギーバッグ。
“犬の餌にするから持って帰らせて欲しい”というのが、発端で語源になっている。
『ドギーバッグ普及委員会』なるものも立ち上がっている。
先日、私の尊敬してやまないフードアナリストの友人と話していて、
食について知るということは存分に負の部分にも目を向けてこそではないかと、
それが、フードアナリストとしての資格を活かすひとつではないのかと、
とても目の覚める話をいただいた。

生活には、それぞれの状況があって、それに即してというのは当然だと思う。
エコに囚われ過ぎてもと、もちろん思う。
その中で、自分の出来ることを少しずつ出来たらいいのだと思う。
いろんなことが絡み合った仕組みを、もつれた糸の食事情を知るだけでも膨大な時間と労力を伴う。
知らないほうが良かったと思うこともしばしばだと、その友人は笑った。
だけど、知らないと先へは進めないからと言ってまた笑った。
持ち運びはとても小さいdoggybag。
好きな人と好きなモノを好きな時に好きなだけ食べる-doggybag1

食べることは、生きることだ。

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