近藤夏帆(かほ)は
今年度から
都内の大学に通う女子大生。

明るめの茶色で、
胸元まで伸びる髪は、
毎朝アイロンを使い
丁寧にカールをかける。

いわゆる大学デビューという
やつだ。
周りの友達も皆
似たような髪型で、
夏帆が属するコミュニティには
黒髪の女子はいない。

いつものように
学食でランチをとり、
適当にダベっていると、

夏帆の視界に、
肩より上のラインで
ばつっと切り揃えられた頭、
中には刈り上げるぐらい
短く切り込まれた頭をした
女子集団が映った。

だが、夏帆はすぐに
視線を外に向ける。

卓球部の部員だったからだ。



~高校時代~


夏帆は毎日必死に汗を流していた。

邪魔になるからと
小学生の間ずっと
伸ばしていた
髪をバッサリと切り、
中学に入ってから今日まで
ずっと耳にかからない
男児のような短い頭で
卓球に打ち込んでいた。

努力はみるみる結果に結びつき、
インターハイ出場も
現実味を帯びていた
高校3年の最後の夏、
夏帆の運命は変わった。

『 膝の故障 』だった。

二ヶ月は絶対安静で、
インターハイは諦めるように
医者から言われた。

夏帆は泣いた。
ひとしきり泣いた。

そして卓球というものの
記憶を消すかの如く、
現役時には出来なかった
遊びに明け暮れた。

髪を染め、
伸ばしたのも
それが理由だった。




~現在~


【友達】「夏帆、どうしたの?暗い顔して。」

友達からの言葉に、
すぐに現実に戻った。
そして、友達に
暗い表情に
思わせていた自分に対し、
嫌悪感を抱いた。

【夏帆】
「ううん、なんでもないよ!
てか今日はウィークナイトで
遊園地に行かない?」

【友達】
「いいね! いこいこ~。
男連中にも声かけるね~!」



~ 数日後 夜 ~


友達と解散し
自宅に向けて歩を進めていた
その時。

「楽しいの?」と男性の声。

声の聞こえた先に視線を向けると、
ランニングウェアを着て、
引き締まった身体に薄っすらと
汗を纏った男が立っていた。

【夏帆】
「翔、、!?
急にビックリするじゃん!」

本郷翔(かける)は
幼なじみで、 
ずっと陸上の長距離選手を
目指していた。

畑違いではあったが、
スポーツというジャンルは
共通していて、
一緒に全国を
目指していた間柄。

加えて、
向こうの気は知らないが、
夏帆は翔に対し、
多少、男として見ていた部分も
あった。

【翔】
「わるい、驚かせて(笑)。
てか髪伸びたな、、、。」

翔も高校時代はずっと丸坊主で、
結果が振るわない時は
「ちょっと弛んでるわ。
気合い入れてくれ!」
と言い、夏帆にアタッチメントを
外したバリカンを渡して、
強豪野球部 顔負けの
クリクリの五厘刈りにしていた。

そんな関わりも、
夏帆の怪我を境に無くなり、
偶然今日会うまでの間、
1度も顔を見ていなかった。

【夏帆】
「久しぶりだね~。
髪伸びたでしょ! 
1年かかったんだから~。
どう、似合ってる?」 

少しばかり期待の眼差しを
向ける。

【翔】
「ん~、普通かな。」

少し考えた後に翔から
返ってきた言葉は、
期待したものとの乖離があった。

【夏帆】
「そっか。翔は頑張ってんだね。」

【翔】
「まぁ、ぼちぼちかな。
とりあえずは駅伝のメンバーに
選ばれたけど、
その中ではまだまだだから、、、
必死にやんないと。」

目に映る翔の姿や、
発する言葉は
充実感に満ち溢れていて、
夏帆は早くその場を
去りたくなった。

【夏帆】
「そうなんだ。
よかったね!夢にまた
一歩近づいたじゃん。
頑張ってね!」

そう言って早く話を
終わらせたかったが、
次に翔が発した言葉が
そうはさせなかった。

【翔】
「ありがとう。てか、
夏帆は何してんの?
見た感じ卓球は
やってないんだろうけど、、、
怪我は治ったんじゃないの?」

【夏帆】
「やってない。
怪我は治ってるけど、、。
今は卓球より
大学での生活の方が楽しいから!」

【翔】
「そっか、、、。
いや~、、、なんというか
勿体ないな。
夏帆、すんげぇ上手かったから。
今でも頑張ってんのかと
思ってた。」

【夏帆】
「気安く言わないでよ。
私だってほんとは
やりたかったんだよ。
全国が目前まで来てたんだもん。
そりゃ悔しいに
決まってんじゃんっ、、。」

語気が強くなる寸前まで
言葉に熱がこもっていた。
何ムキになってんだろ私、、、

【翔】
「じゃあやったら
いいじゃん。
悔しいままで終わっていいの?
一回きりの人生なんだぜ。
機能が不自由になる怪我なら
まだしも、安静にしたら
治る怪我なんだから尚更さ。
ていうか、自信ないわけ?」

少し意地悪な視線を向ける
翔に対し、

【夏帆】
「むかつく、、。
なに分かったような口、、、」

続きをいいかけたところで
言葉に詰まった。
すると翔がふいに、

【翔】
「まぁいいや。
1つ提案していい?
今から俺と卓球で3セット
勝負しない?

あ、別にこの結果で
また卓球やれだなんて言わないよ。そんなの無理やりやらせる感が
あって嫌だし。」

《提案の中身はこうだ》

「3セットやって、
俺が勝った数に応じて、
その伸びきった前髪ばつっと
切らせてよ。

1セット➡️目の上
2セット➡️眉毛
3セット➡️おでこの真ん中 」

というものだった。


夏帆はしばらくの間
意表をつかれた表情をした後、

【夏帆】
「流石に舐めないでよ(笑)
幾らブランクがあるって言っても
畑が違うんだから。
脚ばっかり鍛えてきた翔では
まるっきり
相手にならないよ。

それでも良ければ
その提案受けるけどね。
負けるなんてあり得ないけど、
仮に負けたらどうぞ前髪
切ってください。

ていうか前髪切るって
特殊な趣味かなんか?
まぁ、そこはあまり触れない
ようにするけど(笑)

逆に翔が全部負けた
ときの処遇は?(笑) 
私だけリスク背負うってのは
フェアじゃないよね。」

もちろん。と頷き

【翔】
「俺が全部負けたらまた
五厘刈りにする。」

大学に入ってからは短髪ながらも、多少お洒落なニュアンスも
合わせた髪型をした
現在の翔は、
あっさりとそう言ってのけた。

【夏帆】
「えっ? 
すんごい自信だね。いいの?
そうなる可能性が限りなく
高いけど(笑)。せっかく当時より
伸びて、いい感じにお洒落な
短髪なのに。またダサい
クリクリ頭にするの?」

と、少し不憫そうな視線を
向けながら言った。

【翔】
「いいよ~。
仮にそうなったとしても
俺は長距離続けていくし」

嫌味とも捉えられるその言葉に、
夏帆は釈然としない気持ちを
持ちながらも、
場所を変えてその勝負を
受けることとなった。



~夏帆の自宅 卓球部屋にて~


両親は旅行に出ていて
向こう三日間は夏帆しか
いなかったため、
夏帆の自宅にて勝負は
行われた。

中学から始めた卓球だったが
あまりにも熱心に頑張るため、
夏帆の両親は、
自宅の一部屋を卓球部屋として、
卓球台や備品等を一式
揃えてくれた。

卓球台は折り畳まれて、部屋の
隅で少し埃を被っていたものの、
台を含め、
記憶から消したいものを
意識するには十分すぎる
備品の数々を、
そのままの形で
残している理由がなんなのか。

翔は疑問を抱きながらも
一先ずは勝負に集中することに
した。


~卓球対決~


結果は夏帆の1勝2敗。
1つの負け越しも、
夏帆にとっては惨敗だった。

1セット目こそ勝ったものの、
それも卓球は素人相手に
11-9の接戦で辛くも勝ったと
いうもの。

2セット目以降は
翔の圧倒。

何より脚が動かなかった。

対して翔は表情1つ変えない
涼しい顔で、
夏帆の体重が乗っていない
弱い球をいとも簡単に
打ち返してきた。


( 悔しい、、、。 )

気づけば一滴の涙が夏帆の
頬を伝っていた。


【翔】
「1セット目とれてたら
全勝だったのにな、、。仕方ない。
ま、約束は約束
だからね?」

そう言って、勝負の前に
用意していたハサミを
取り出した。

夏帆はまだ目を潤ませながらも

【夏帆】
「分かってるよ、、、。
遠慮無くどうぞ」

目をつむり、ハサミを用意する
翔の前に腰をおろした。

【翔】
「潔がよくて良いね。
それでこそスポーツマンだ。」

(ジョキ、ジョキ、ジョキリ)

と、顔全体をも覆う
長い前髪を、約束通り
眉毛のラインで真っ直ぐに
切り揃えた。

【夏帆】
(えぇ、、、まじで遠慮無くいってんじゃん、、、。)

【翔】
「はい、おしまい。
久しぶりに夏帆の真剣な顔が
見れて楽しかったな。」

そう言った次の瞬間、

全敗した時の処遇のために
用意していたバリカンの
電源を入れると

【ヴィーーーン゙゙、、ザリザリ、、
ヴィーーーン゙】

夏帆の「えっ、、。ちょっと何してんの?え、。えっ、、
待って待って」と

驚く姿を気にせず、
翔は自らの額にバリカンを
走らせ、あっという間に
青白いラインが出来、
取り返しのつかない頭を
作り上げた。

夏帆は目と口が開ききった
状態のまま固まっている。

【翔】
「いや~、まじで
3セット全部とるつもりで
いたからさ。

2、3セット目に
関しては想定内だったよ。
そりゃそうでしょ。
俺はあの夏以降も
毎日練習は
かかしてないんだぜ。

それに畑違いと
言えど、まがいなりにも
俺も大学まで陸上を
続けている
スポーツマンだからさ。
技術の差を埋めるだけの
体力と頭の使い方は
持ち合わせているよ。

ただ1セット目はほんと
想定外だったよ。
やっぱ流石だね。
ブランクがあるとは言え、
一度は全国間近までいった
腕は確かだなって思ったよ。

約束とは違うけど、
まじで敗けるなんて思って
なかったし、なんか悔しいから。
俺もまだまだ頑張らないとなって、
気合いを入れるために(笑)。」

そう言って残りの髪も
躊躇無く刈り落としていった。

夏帆は言葉が出なかった。
その変わり、
一滴だけ流れた先程の
涙とは違い、
何粒もの涙が
淀み無く溢れ出ていた。

(どういう感情なんだろ、、、。)

ひとしきり泣いた後、
すっかり高校時代を彷彿とさせる
頭に仕上がった翔が

【翔】
「もういっぺん
やってみたら?卓球。

言葉が出てこなくても
いいけどさ、
なんとも思ってなかったら
目の前で
いきなり頭を丸めだす
頭のおかしな男がいるで
終わりじゃん。

その涙はどう説明が
つくの?」

と、優しく語りかけた。
それを受けて夏帆は

【夏帆】
「ずっと忘れようと
してたのに、、、。 
翔のばか、、、。
責任取ってよね。」

そう言って、
先ほど翔の手により、
1年間伸ばし続けた
自慢の前髪を断った
ハサミを自ら拾い上げ、

(ジョキ、ジョキ、ジョギリ゙)

と、本来は全敗したら
遂行されるはずの、
おでこの真ん中で切り揃える
約束を、自らの手で
行ってみせた。


それを見た翔は
少し驚いた顔をしながらも、
先ほどと変わらない優しい
口調で、

【翔】
「視界良好だな(笑)。
お互いに。夏帆の人生だから
責任は取れないけど、
応援はするし、
俺に出来るサポートは
幾らだってするよ。」

そう言って、ポンッと優しく
夏帆の頭に手をおいた。

【夏帆】
「約束だからね。
あと、、、。1つお願い!」

翔は、何事か?と
言わんばかりに構えつつ
どうしたの?と聞くと

【夏帆】
「前髪だけこんな
長さだと逆にダサいから
他も切っちゃって。
これに関しては責任とってよね。
前髪を切ることを
提案してきたのは翔なんだから。」

そう言うと、
少し頬を綻ばせ

【翔】
「確かにな(笑)
それに関しては俺が責任を
とるよ。」

と言って、
ハサミを受け取り、
未だに長いままの
夏帆の髪にハサミを充てがい

【翔】
「この辺りでいい?」

その確認に対し

【夏帆】
「もっと上で!なんで
前髪はあそこまで躊躇無く
切れて、そこに関しては
イモるわけ? 
普通逆じゃない?(笑)」

そう返すと

【翔】
「分かったよ(笑)
じゃあ遠慮無く」

(ジョギ、ジョギッ゙!ジョギリ゙!)

前髪を切る時は
多少丁寧にハサミを進めていたが、
全体となるとそのように
進めていては
長尺になるというのと、
夏帆の覚悟も受け止め、

力を込めたハサミからは

それに呼応するように
豪快な音を上げた。


~ 理容室 ~


素人がバランス等を考えずに
勢いで切ったため、ラインは
ガタガタで、片方は耳が半分
露になる長さで、もう片方は
耳たぶだけが見える長さという
始末。

流石にこれでは外を歩けないと
なり、
近くの理容室に行き
調節をしてもらった。

短いラインに合わせたので、
耳が半分露になったラインで
ぐるりと繋げ、
襟足が中途半端に見えていたため、
その部分は刈り上げる
羽目になった。

その時ばかりはムスっと
した視線を、
付き添った犯人に
対して向けており、
申し訳ないという表情を
作るので翔は精一杯だった。

こけしのような
仕上がりになったが、
色は明るい茶色だったのが
幸いしてか、
幾分個性的でお洒落とも
とれるスタイルになった夏帆。

そんな夏帆の姿を見て翔は

【翔】
「やっぱり夏帆は短い方が
可愛いな。」

と、真剣な視線を向けて
くるものだから、
照れ隠しも相まって

【夏帆】
「誰のせいでここまで
短くなったと思ってんの!」

ぷいっと顔を横に向けるものの、
口元は緩んでいた。

【翔】
「それはごめん!反省してる。
その証拠にさ、、
見てくれ俺の頭を!」

青々した坊主頭を指差して
そう言うと、

夏帆は噴き出した。

【夏帆】
「その頭は自分でやったんでしょ(笑)」

久しぶりに再開してから
一番の笑顔を見せる。

するとまた翔も
同じように笑っていた。


~ 2年後 ~


三回生となった夏帆は、
とある競技施設にいた。

全国大会の初戦が始まった
ばかりだ。

前髪はおでこの真ん中で
真っ直ぐに切り揃えられ、
全体は耳の真ん中でぐるりと
揃えられた刈り上げおかっぱ。

二年前と比較すると、
刈り上げは更に短く刈り込まれて
いて、青白い肌が見えるぐらいだ。

また二年前との大きな違いは
髪色が黒ということ。

青々とした刈り上げも相まって、
パッと見は完全に
「リアルわ○○ちゃん」。

はっきりと確認できる
表情には、自信が
溢れていた。

初戦はあっさりと
3-0のストレート勝ち。

控え室に引き上げる
途中、夏帆は観客席の一角に
向けて笑顔で手を振った。

すると、その一角から
率先して手を振り返す
人物がいて、それを見ていた
隣の友人がその人物に声をかけた。

【友人】
「翔! お前の彼女凄いな!
髪型も凄いけど、
(こいつも大概か笑)
卓球の実力もそれと
同じぐらいすげぇじゃん!
だって全国大会だぜ!
あっさりと
ストレート勝ちって、、
1年以上のブランクが
あったなんて信じられないよ!」

友人は興奮気味にそう言った。

【翔】
「凄いよな。よくここまで
頑張ったよな。」

口調こそ冷静に
言った翔の目は
少し赤くなっていた。

【翔】
「俺たちも今年の全国こそは
去年の悔しさを晴らそうな。
あ、ちなみに髪型に関しては
昨日一緒に
床屋でやってもらったんだ。」

クリクリの五厘頭を
指差して翔はそう言った。


~完~