自己満足の定義
について、奴と話し合いたい。
俺が髪を切ったり、剃りを入れたり、眉をどうにかしたり、服をひっちゃぶいたりすることを、
俺が自己満足の為、自分を満たすためだと答えたら
・自己満足は自分の内面についてのことである、内面で満足できれば外見を気にかける必要も無く、よって外見をどうこうするのは単に目立ちたがりやなのであるby奴
・自己満足は内面と外見についてあり、それらは連鎖していないbyおれさま
そうやって、言いたいのに言えない。
”おまへにとっての自己満足とは何だ”
と喧嘩腰に言われてしまったら言いたいことが次々と溢れてきて喉元までくるのに空気を吐き出したら泣いてしまうし、泣くのはものすごく悔しいし、泣いて済む問題じゃないことなどとうに知っているのにそれを口に出して言えなくてまたもや悔しくて歯を食い縛って泣いてしまう。悲しくてないているのかと聞かれて思い切り首を横に振って答える。悔しいのかと聞かれて一度首何度もを縦に振る、
それがどうにも落ちついてから考えるといかにも演技ばっていて腹が立つ。
おちついてから話せと急に奴は優しい態度をとりだすし、やっとこさおちついて話そうとおもったら奴は既に眠っているし、結局は感情に任せてどうこうなのである。
ちなみに俺が外見をどうこうする理由は、自分を 一つの作品 として仕上げたいということにある。その作品を自分が客観的に見て満足いけば成功、思い通りにゆかなければ失敗ということになる。
他人が見てどう見えるか、より、自分という人間が、自分を客観的に見てどうだということが、先決なのだ。
わざわざ嫌いな格好をして他人に好かれてもそれは全く意味をなさないことなのだ。
しかし”作品をつくるためにつくる”という行為も在る。たとへば、可愛らしい、女の子らしい、華やかな、”作品”をつくろうとするならばそれを一生懸命”表現”しようとするし、それで自分が納得できる作品になればいいのだ。しかしそれは”展示用”になるときがしばしば。
そして内面に満足したとしてもそれは必ずしも外見には繋がらないのだ。
むしろ、外見を満足の行くように作っていくのが内面の満足なのである。
以上のようなことを一気に言えたらいいのに
理解出来るように話せというが、たとい一生懸命説明して論理は理解されたとしてもその論理を受け入れてくれるのだろうか、その不安。
表面上あたりまえの大人として話し合うが、奴は自分の考える”まっとうな道”、”まっとうな人間”に俺を嵌めようとしているのではないかという、その恐怖。
否定されることが、こわいのだ
奴の配下にいる以上、やたらと逆らえない
今俺のゆめは奴が大半の権力を握っているのだ
あーあーあー、文にまとめたらクソなげえ・・・・。
というか、あれは俺なんじゃろか、俺なんだろな、ごめん