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著者: 安部 公房
タイトル: 他人の顔
 
 「はるかな迷路のひだを通り抜けて、とうとうおまえがやってきた・・・」

 で、始まる安部公房著の本作は名作中の名作で、世界中に翻訳されている。もう40年以上も前の作品であるというのに、全く色あせることがない。すぐれた芸術は時代を越えて普遍性があるというが、現代でも全く通用する作品である。大将は本作で国文学科の卒論を書いた。

 

 液体空気を誤ってかぶってしまい、顔一面に火傷を負ってしまった研究所職員の主人公は、世間の顔という顔に嫉妬し、周りの人間の視線をいやというほど感じ、人間関係に支障をきたしてしまう。次第に自分の悩みは他人と共通点がないということで孤独に陥ってしまうが、プラスチック製の仮面を作ることで、妻や他人との通路を回復し、失われた自分を取り戻そうとする。本作はこれらの主人公の行動を、妻に当てた手記という形で表している。

 「顔は他人との通路」というが、はたしてそうだろうか? 無論誰かを特定するのは手でもなく、足でもなく、腹でもなく、顔が一番わかりいい(非常に特徴のある、体の他の器官が稀にその人の特定物にはなりえるだろうが・・・)。表情があることで、相手への意思も伝えられる。だから顔にすべてをあてはめるのは、あくまで顔の傷の悩みを客観化できない主人公であって、絶対的な真実ではない。

 また、主人公は仮面を作るが、どこにその作り方の欠陥があったか、という所に着目して読むと一層面白いのではないかと思う。主人公とその妻では、仮面の作り方の定義が違うのである。卒論書いて四年以上もたつが、まだ新たな発見がある。一体著者安部公房はこれを一体どれだけの時間を使って書きあげたのだろうか? 他者との通路、他人の発見、「誰でもないもの」になりたがる欲求等、人間の存在の本質に触れる名作である。是非とも読むべし。