冬は光 月は東に 姫は北 川に桃落ち 米ぞ実りぬ          (雅没徒第2番イ長調 hp.236) -19ページ目

冬は光 月は東に 姫は北 川に桃落ち 米ぞ実りぬ          (雅没徒第2番イ長調 hp.236)

神:吉田光里(研修生36期)
仏:中山夏月姫(ocha norma)
聖:清野桃々姫(BEYOOOOONDS)
仙:米村姫良々(ocha norma) 
レジェンド
安倍なつみ 石村舞波 工藤遥 福田花音 田口夏実 北川莉央 楠萌生

昨年の4月29日は 

平成最後の昭和の日

と騒がれてましたから

昨日は

令和最初の昭和の日

だったはずなんですが

そんなに騒がれなかったですね

 

昭和の時代に4月29日は

天皇誕生日 と呼ばれていたんですが

平成に入って みどりの日 

と呼ばれるようになったんですが

いつのまにか 昭和の日 に変わりました

 

昭和の時代には

スマホや携帯電話はもちろんなくて

パソコンもまだまだ高価

CDが出てきたのも終わりころ

アナログレコードも高かったから

ラジカセバカでかい音で

鳴らしてた人が多かった(w)

J-POPなんて言葉もなくて

ニューミュージックなんて呼ばれてた

 

たぶん従来の演歌や歌謡曲に対して

フォーク ロック など

総称していたのかもしれないけど

それより前の時代だと

クラシックに対して

ジャズ ロック フォーク などを

軽音楽とかポピュラーとか呼んでいて

歌謡曲っぽいものがポップスと呼ばれ

日本人がやってるのをJ-POPと呼ぶようになった

だから ポップってどんな意味

と言われても

使う人によってニュアンスが違う

としか言いようがないと思う

 

 

ジャンルとしてはロックなんだろうけど

そんなにハードではなく

独特の味わいがありました

1989年だから平成元年の曲だけど

1995年にバンドで初めてとりあげた曲で

ベースを弾きながら

上ハモリ(真島のパート)を歌ったんですが

ギターと違ってベースは

弾きながら歌うのが難しかった

 

 

 

やはり平成元年の曲で

これも歌詞がいいです

ブログタイトルにも入ってます

 

♬今までの君は間違いじゃない

 

ってクイズの問題にもなったことあるけど

インパクトの強い説得力のある言葉です

でも今あらためて考えると

間違いじゃないから正しいわけでもないし

正しくないことが間違いでもない

そもそも正しいとか間違ってるとか

誰にもわからないことじゃないかと思います

 

 

年号が昭和から平成に変わって

消費税のことが話題になりましたが

物品税が廃止されて

オーディオやパソコンなどは

安くなっていったんです

 

 

 

 

 

 

なぜか 汗飛ぶ風凛 が

いちばん古い時代を担当することになりました(w)

昭和時代は世界恐慌に始まり

第2次世界大戦の敗戦から復興し

高度成長を経てバブルの直前で終わる実質62年

1926年から1989年までです

 

 

60年安保から70年安保までの10年間

高度成長の時期でもあり

日本の進む道もまだ定まっていなかったので

両方の勢力がいろんなところで激突してました

三井三池の労働争議もありました

東大安田講堂攻防戦もありました

デモ 封鎖 ストライキ

日本にもそんな時代があったんです

公害も激しかったですね

衛生状態だってそんなによくない

ノスタルジー美化して語られることが多いけど

実際は大変な時代だったんです

マスコミもはじめは民主勢力寄りだったんですが

大学紛争が激化するころから政府よりになりました

♬ 飛行機乗っ取り 革命叫び

  血と汗にまみれること

  あ~ それが青春

 

この部分 シングルではカットされているのかな?

 

そもそも革命をするのに

飛行機を乗っ取る必要はないわけで

すでに 革命=悪 というステレオタイプが

形成されていたのでしょう

 

 

よくキャンプファイヤーなどで歌いましたね

イ長調はギターの開放弦が多いので

弾いていて気持ちがいいんです

 

これが70年代になると保守的な歌詞になってしまいます

♬帰れない 何があっても

ってのは

お国のために死ね 生きて戻るな

という戦前の思考と同じではないか

喜多條の

♬どうしてもだめだったら帰っておいで妹よ

というのはこの曲へのアンチテーゼに思えた

体制にとりこまれた北山と

あくまでも武闘派だった喜多條の違いを感じた

 

 

 

 

もしかして安田講堂の敗北は

エンドレスな資本主義社会の始まりだったのかも

 

 

昔のカラオケは文字追いテロップなんてなかったけど

歌詞を見ないで歌える数少ない洋楽でした

 

 

CCRの曲の中でも有名なものだと思うけど

意外にもシングルになってないんですね

どうやらカバー曲らしい

 

 

 

180℃ というと

水の沸点より高く

濃硫酸の沸点より低い

この温度を

高い と考えるか

低い と考えるか

 

中国から入ってきた例の感染症に対する

政府の対応は

オリンピック延期決定の前と後で

180° 違う

 

中国で大騒ぎになってるときは

中国からの入国を制限しなかったのに

いまや全国に非常事態宣言を出して

国内のあらゆることを制限してる

家にテレビが来たのは1959年4月

たぶん当時の皇太子殿下

(現在の平成上皇かな)

の成婚パレードが生中継されたときで

たぶんこのタイミングでテレビを買った人

多かったんだと思います

当時のテレビはブラウン管以外にも

真空管がたくさん使われていて

結構高価でした

(テレビ 洗濯機 冷蔵庫 が

 三種の神器 と言われてました)

そもそも電化製品が

まだあまり普及してなくて

洗濯はたらいと洗濯板

ごはんは釜で炊き

道路も舗装されてなかったと思います

 

 

この年の大きな事件としては

伊勢湾台風がありますね

かなりはっきりと記憶があります

審判がアウトと言えばアウト な高校野球

 

年度末なので年度末感がないのは

選抜高校野球が行われてないからかな

こうなってみると

無観客でもあったほうが良かったのかな

 

スポーツや音楽のイベントを

ことごとく中止や無観客にして

感染防止にどれほどの効果があったんだろうか

結局オリンピックも延期になり

各地で感染者が増加してるね

いまさらベニヤの板で核ミサイルを止められない