このころはまだ、邦楽は洋楽に比べて音楽的に劣る
という認識が一般的でした。
その原因として、当時の専属作曲家制度というものがあります。
すなわちこの時代にレコードを出すためには
レコード会社の専属作曲家にならなければならず、。
自由に曲を作って発売するといった
今日では当然の自由が認められていなかったのです。
自由競争のない世界では必然的にレベルは低下し、
質の高い音楽を求めるものは洋楽へと流れていくきました。
しかし多くの人は歌詞がわかりませんから
TVでは洋楽のカバーを日本語の歌詞で
日本人に歌わせたものが多かったようです。
これが ザ ヒットパレード という番組です。
、このテーマ曲はどう聞いても
ヒッパレ ヒッパレ としか聞こえません。
こうした状況に風穴をあけたのが GS
すなわち グループサウンズ だったのです。
もちろんブームに便乗しただけのものもあったんですが、
今聞いても音楽的な古さを感じさせないものがたくさんありますから
当時としては革命的な音楽だったんでしょうね。
というか 現在のJ-POPの源流が作られたともいえます。
タイガースの沢田研二やスパイダースの堺正章などが
その後長く芸能界で活躍したことや
なんらかの形でGSにかかわってきたひとたちが
770年代、80年代のJ-POPの主役であったことを考えると、
日本の音楽文化の土台が築かれていった時代であったともいえます。
GSと並んで60年代後半の大きな流れとして、
西と東でおきたフォークブームも無視できません。
東では歌謡曲に近いサウンドで多くの人にアピールしたカレッジフォークがあり
西では政治的な主張を盛り込んだアングラフォークがありました。
カレッジフォークは電波に乗りメジャーなレコード会社から発売されたのに対し
アングラフォークはアングラレーベルと呼ばれる
マイナーなところから発売されました
(今のインディーズに似ていますがもっと認知度は低かった)
ところが このアングラレコードから
日本初のミリオンセラーが誕生するわけなんです。