日に日に冬らしくなってきています、犬と散歩するときはベンチコートを着るようになりました


いま佐々涼子さんの「夜明けを待つ」借りていて、この本がすごくよくて、毎日少しずつ読み返しています


普段の暮らしの話、生死にまつわる話等々、短いエッセイがいくつもまとめられている本なのですが、


どの文章も心がすーっとするような、静寂に満たされていて、不思議な気がします


佐々涼子さんはすこし前亡くなられて、この本は最後の作品として残ったものなのですが、


ノンフィクションを綴っているのに、そこから得た佐々さんの死生観みたいなものも添えられていて、とても共感するし惹かれます


ほかの話で、先日の高橋源一郎さんのラジオ番組は、谷川俊太郎さん追悼回でした


さみしくないお別れ会って素敵だなと思います、谷川さんこうだったねと笑いながら話すような


村上春樹さんの「ノルウェイの森」で、亡くなった恋人のすきだったビートルズの曲をギターでひとつずつ演奏して、夜通しお別れ会をする場面が出てくるのですが、それを思い出しました


朗らかで暖かくてさみしくないお別れの会だったのに、それでも、


谷川さんの音声が番組の最後に流れて、元気でね!さようなら、という声のところで、涙がにじみましたー


年をとって体が思うように動かなくなっていくなかでも、人は人を気づかうんだというのに心が揺さぶられました


あと、声のリアルさに、姿が見えなくなっただけで、どこか遠くで生きているような気がしてきたり・・


それで、今度は祖母を思い出すのですが、


立派になったねえと、会いに行くたびに嬉しそうに言ってくれたこと、


年金暮らしだったのにご飯をご馳走してくれて、お財布から丁寧に折り畳まれたお札を出して、お会計してくれているようすや、


車が角を曲がるまで手を振って見送ってくれたことを思い出したり・・


全肯定される経験ってあまりないのですが、祖母がくれた大きなものは、そういった記憶である気がします


人が亡くなるというのは生物である以上避けられないけれど、


覚えておきたい記憶はいつまでも残って、思い出すたびそこにいるかのように感じられる


最後に佐々さんの本から、とても気に入っている一文を引用して終わることにします


わたしがいつかこの世とお別れするときも、そのような思い出を残していけたらと思いました


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ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンは、愛犬を亡くして悲しむ少女にこう言った。


「空に美しい雲があるでしょう。雲はやがて見えなくなってしまう。雲さんどこへ行ったのですか。でも悲しむ必要はありません。雲は雨になり、お茶を飲む時、私たちはそこに雲を見るでしょう」。