12月に入りました。
2020年もあと1ヶ月で終わろうとしております。
今年は「年男」として、素晴らしい1年になるであろうと希望を馳せていたが
その思いとは違い、歯を喰いしばるような日々が続いた。
ゆるゆるに身体を縛られたような、気持ちの悪い状態のなか
何とか心だけでも解き放たれようと試行錯誤を繰り返すが
行き過ぎようとするなれば縄が締め付ける。
いわば生殺し状態だったが
そういうなかで見つけた光も沢山あった。
「ピンチをチャンスに変える」とはまさにこういう状況なのかもしれない。
出来ないことを嘆くより、出来ることを模索してる方が
よっぽど心には優しい行動ですね。
色んな事が目まぐるしく変わっていこうとしている。
多分、人は本質的に「変わっていくこと」に大小はあれど拒否反応を示す。
私も懐古主義的なところがあるので、「新しさ」に対してジャンルによっては否定したがる。
生活文化的なものは特にそうなのかもしれない。
基本的にはそういう変化はじわじわ変わっていくものだが
今年のそれは劇的に急速なもので、押し返す波もものすごく大きい。
この波で経済的な犠牲になった人々も沢山いるでしょう。
特にサービス関係は最悪だと思います。
ただ、そういう最悪を味わったからこそ見出せる活路みたいなのがある気もしている。
ある料理屋の社長が仰った
「出来ないことより、出来ることでこれからを作り上げていく」
という言葉が私の琴線に響いている。
この言葉は豊かな未来に対して、加速度的に貢献するような行いなのかもしれない。
「発展、進化」のための歩みのような感じがする。
急激な生活変化の波も、転じて言えば急激な文化の発展のきっかけとも言える。
とはいえ国のいうような自粛ルールを極端に守るということはしないし
「新しい生活様式」というような「A様式からB様式に変えろ」みたいな政策?に賛同するつもりもない。
要は、制限されたステージから這い上がる国民の力が未来を変えるということ。
ネズミ年なだけに
「窮鼠猫を嚙む」
窮地に立たされたネズミの力なめんなよ!って。
今出来ないようなことは、いつかは必ず出来ますが
そこばかりにしがみつくのも、色んな発展へのチャンスを逃しているような気がしている。
来年か、再来年か、10年後かはわからないが
ハイブリッドな文化が形成されたとき、今年の苦しい思いは無駄ではなかったと思えるのだろう。
超個人的思いにより、不愉快に感じた方も沢山いらっしゃると思います。
ご容赦くださいませ。
偉そうなブログでした。汗
