~しなくちゃいけない、そう思うだけで、今にいないのが分かります。

 

 

先日、高熱がでて、体中の関節がきしんで痛みました。

 

 

 

痛いよ~、といってベッドの上をごろごろしている感じ。

 

 

 

こんなとき、今までは痛みがどうにかならないかなあって苦しんでいました。

 

 

この痛みさえ取れてくれればいい、みたいな。

 

 

 

ふと、自分の中に、痛みを治すという先の目標があることに気づきました。

 

 

 

「今」よりも、「少し先」に自分の意識があることに気づいたのです。

 

 

 

そこで「今」感じている「痛み」に浸かって、とことん感じてみました。

 

 

 

そうすると、「少し先」に意識があったのが、「今」に戻ってくる感覚が分かり、ハッとさせられました。

 

 

 

こんなことを夢か現かの状態でやっていました。

 

 

 

痛みにとことん浸かると、痛みの感覚の中にも静かな場所がありました。

 

 

 

関節はとても痛かったけれど、今までになく苦しまなくてもすみました。そして、穏やかに眠りにつくことができ、気持ちよく眠ったのでした。

 

 

 

体中の関節の痛みと、高熱は一晩で引いたので、友達の誘いもあり、次の日は、軽く山を歩きにいってマーケットに寄ってきました。

 

 

 

「今」にいて、「感じ切ること」って大事だなあと思いましたよ~。

 

 

 

にんにくと生姜入り、野菜たっぷりのやきそばを作ってもりもり食べて、回復に努めました。

 

 

 

「今」に居ることが大事って頭で分かっていても、「こうあるべき」という期待があったら、もう「今」には居ないんですねえ。

 

 

 

動作が、~をするための動作になったとき、その動作は力みを生みます。

 

 

 

 

まったく期待しない生き方、を今練習中です。「こうあるべき」とか「~すべき」とか「しなくちゃいけない」がない世界です。

 

 

 

それでしか、成すことのできないカラダや動作があります。こうなると、生きることが、まさに冒険になりますね。

 

 

 

 

施術者にとっても同じことが言えます。期待を全くなしに触れるということは、最も大切で、最も簡単ではないことのように思います。

 

 

 

そんな体験を、痛みを通して痛感したのでした。