自覚、自意識が芽生えてほしい。
 
 
それが芽生えたら、あとは、自然に気づきが深まっていく。
 
 
自転車の車輪をこぎはじめるときは重いけれど、こぎ始めたら、軽くなる。
 
 
自覚、自意識。この「自」を勘違いしやすい。
 
 
私が、という自我の自ではなく、
 
 
カラダが純粋に在る、「自」意識。
 
 
自ずとそこに在る意識。
 
 
在る状態は、作るのではなく、そこに在ることに気づいている状態。
 
 
 
それが、カラダの意識。
 
 
 
カラダは、今、ここにしか居れないから。
 
 
 
それに気づいていれば、「自然」な状態に少しづつ近づいていく。
 
 
 
今までにまとった自然じゃないことにも気づいていく。
 
 
 
生きているよりも、生かされていることに気づく。
 
 
 
生かされている感謝に気づく。
 
 
 
そういったことは、するのではなく、在る状態で、心で、カラダで感じるもの。
 
 
 
だから、感覚が大事。
 
 
 
まずは、感じること。
 
 
 
頑張って感じるのではなくて、自分が感じていることを、そのまま感じていることに気づいていくこと。
 
 
 
フィルターがかかっていない状態の感覚を、少しづつ知っていくこと。
 
 
 
こうした、「自」を知っていくことが大切。
 
 
 
自分って、自ら自ずと、感覚して分かっていくことだと思う。