少し前、弱っちい自分を久しぶりに体験した。


自由に押しつぶされそうになることがある。


我が道をゆくと決めたら、自由と、責任のすべてが、自分にある。


それを楽しめる強い時と、それに負けそうになる弱っちい時がある。


強くいたいとは思うのだけれど、弱っちいときは、それも仕方がない。


弱っちいときを味わい尽くさないと、またより強い自分がやってこない。


そして、弱い時こそ、いろいろな気づきがやってくるもの。


人は、論理で理解したらそのようになる、という単純な生き物じゃないよね。



気分には波があり、リズムがある。



そんなときは、なんか弱っちいな、とその自分を観察し、今は仕方ないとあきらめ、そして、それを生き、じっと復活する時を待つ。



ジタバタしても仕方がない。そういうときがある。




抗わずに委ねる、とはこういうことも言うのだな、と体験する。



そうやって、心とカラダのアップダウンを体験しながら、自分に、気づき、知っていく。


体験することでしか、自分を知る方法はない。そうやって生きる。


だから、弱っちいことをダメだと判断せず、弱っちい自分が不安に思っているのも、全部味わえばいい。



でも、弱っちいはずっとは続かない。より自分を知り、強くなって、戻ってくる。


だから、辛抱強く待ちながらも、弱っちいを体験することもまた、より強い自分を体験することと同じように大事。



そうして、生きることを味わえばいいんでないかな、と思う。