ブログをご無沙汰していました。


この間、毎日自分と向き合っています。


テーマは、私は何がしたいのか、ということ。


ロルフィングなど、既存のものには一切こだわらいとしたら、自分は今後、何を発信して生きたいのか。


今までやってきたことや、他と比較していては、自分が何をしたいのかは分かりません。


自分の枠組をまずは取り除く必要がありました。


未来の予定を白紙にする。


何が起こるかを、一切ゆだねてみる。


次に何をしたらいいだろうか。そういうことを考えない。期待しない。オープンに自分を明け渡します。


今に生きる。ここに生きる。


むつかしいことです。今までの経験と比較して、私たちは何をするか決める、ということをしょっちゅうしています。


会社、家庭、組織など、どこかに属して、役割の中で決めて生きた方が安心できます。


どこも属さずに、枠組みから外れる。外れたところで、進み、しかもゆだねて生きて行けるか、という挑戦です。


そちらに立ってしか、出てこないアイデアがあります。


それが、自分の内から出てくるもの。


これまでは、他の方から学んだりしてきましたが、それもしない。


学んだことを、自分ができるかどうかは別として、これまで十分すぎるほどの気づきをいただいてきました。



今は自分が経験し、感得して培ったものだけを、大事にしたいと思っています。


そして、納得のいくものが、形になるのを待ちました。


形がない間はもどかしいものですね。私はせっかちなので、待つことが苦手です。


だから、何か答えを結論づけたりしたくなってしまうのですが、それもしない。我慢です。


そもそものスタートは、人という存在とは何なのか、という問いかけでした。


カラダだけでも、心だけでも、スピリットだけでもない、私というこの不思議な存在。


なぜ、私たちのカラダは痛むのか。なぜ、私たちの心は傷つくのか。不安になるのか。


それは必要なのか。


自由に、楽しく生きるためには、カラダや心に、どのような選択肢があるのか。


点がつながって、線として見えるまで、時間がかかりました。詳細はこれからです。


山の頂上のように、たどり着く場所があるとして、そこにたどり着く道はたくさんあります。


ある人は、この道を、また他の人はあの道を進みます。


しかし、最初は道もないところに、後に来る人が歩けるように、道を作ってくれた人達がいます。


私も、私の道を耕してみよう。


正しいとか、間違っているとか、そういうことではなくて、一つの道がある。それでいいのだと思えるようになりました。


それが、この間の気づきです。


そして、自問自答です。この世界に向けて、何を発信したいのか。


直感と思考と、試行錯誤の毎日です。


それにしても、山の朝は最高です。何が最高って、一日を感謝と共に始められる。それが、気持ちいい。


朝一の太陽に感謝。太陽は、すべての生命をはぐくんでくれます。


そして、宇宙と地球に。空と大地に。空と大地の間にある空間に。木や水などの要素達に。動植物たちに。


親兄弟、友人たち。これまで縁のあった方々へ。今縁のある方々へ。そして、これから縁の出来る方々へ。


今日も生かしていただいてありがとうございます、と感謝を置いてから、山へでかけます。


山を歩きながら、自分のカラダと、感覚と遊び楽しみながら、道を耕しています。


そして、体感したことや、直感から思考したことなどの情報を書き留める。


それがどんな形になってゆくのか、今後が楽しみです。