文化の規律や風習、自分の固定観念を除けば、生き方は自由になるのかも知れないな、と思います。


最近は、特に何を決めるわけでもなく過ごしています。


決めないようにして過ごす。


その時の気分次第で、やりたいか、やりたくないか、をカラダに聞いています。



これまでは、物事を決めたらまっすぐにそれに向かってやる、というのが一つの大きなパターンでした。



自分から機会を作りに行って、達成するために、集中してこなす。



私は根が真面目なので(笑、何かをやると決めると、どうしても決めたことを成し遂げるために、邁進します。



しかし、何かをやり遂げようとする気持ちがありすぎると、動作に力みがでてしまいます。力みはストレスとして残ります。



どういう態度で生きるかということと、カラダの力みは直結しています。やり遂げようとする意思が強すぎると、それが筋肉の余分な力み、動作の力みとして現われ、筋膜の癒着になります。



ですから、今は焦点を定めずに、決めないで過ごすことがテーマです。



どこまで流れにゆだね、任せることができるか。力まないカラダの遣いかたを学んでいます。



また、以前は先の予定が決まっていると安心感がありました。



自分がどこかに所属していたり、やることが決まっていると、安心するのですよね。


でも、それもしない。


ただ居て、物事がどう起こるかを眺めてみてみる。


1日先の予定が分からない。何か起こるかも知れない。起こらないかもしれない。



その時に起こることを眺めてみよう。



そうすると、何かをしに行きたくなる自分、知っていたい自分、また流れに任せようとする自分の葛藤が、カラダの力みとして現れてくるのが分かります。



流れに任せて進むこと。その流れに乗って、ゆだねた状態で、力みなく動作する。



こんなカラダの遣いかたをマスターしたいなあと思う、今日この頃です。