重力のもとでは、人はみな平等なのかも知れません。



カラダは重力に対して、伸び伸びと生きられる可能性を秘めています。



しかし、自我が強いと、それができません。



悩みやストレスは、カラダを収縮させます。私たちの周りにうごめくドラマがそうさせます。



収縮したカラダに重力がかかると、カラダは押しつぶされる方向へ動きます。



カラダの遣い方も似ています。無理のある遣いかたをしていると、カラダは重力に押しつぶされます。



どうしたら、重力からより自由になれるか。



その始まりが、感じ始めることです。



自分を感じること。自分の心を感じること。自分の体を感じること。



カラダにしても、心にしても、スピリットがあるにしても、重力という鏡を通して、肉体を通して表現されています。



感じ、自分に気づいていくこと。自分を客観視できるようになること。



何が起こっているのかを把握できるようになること。



自分が自分に対して何をしているのか。



私が、というドラマにはまり込んでいるうちは、客観的には認識できません。



逆に、私はドラマにも参加しない、と決め込んで人生に参加しないうちは、感じ、気づくことはできません。



どちらも、感じることから自分を遠ざけます。



私たちが地球上に生まれたということは、肉体があり、感覚があり、感じる心があるということです。



それを「味わう」ことができる「感覚」を育てていくことが大切です。



味わい、感じることができる感覚こそが、私なのですから。



きっと酸いも甘いも、
人生を味わうために、私たちは生きているのだと思います。