クラスアシスタントでは、デモセッションがあります。
第2回目では、なんと、首へのワークと、ピルビックリフトをするのを忘れてしまった。
こんなことは、ロルフィングしてて初めてだったので、気づいたときには自分でもびっくり!恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。
それでも、良いセッションだって、メインインストラクターも、生徒達も言ってくれたんだけれど、役割を果たせなかったなあ。
第3回目のセッションでは、最初の30分間、クライアントとのつながりが感じられなくて、しどろもどろ。
つながったときには、時間が足りなかったので、スピードアップしたら、アートの側面が前面にでてきてしまった。
目をつむって、耳から知覚を広げ、カラダの感覚を聞きながら、感じながら手を動かしていく。
やっていることは、いつもと同じ。ガツンと深さ作って、方向作って、カラダを聞いて、筋膜が解放するのについていく。
もちろん、レシピの範囲内の施術エリアはきちんと守っています。
ですが、ちょっと感覚とアートの側面が強く出すぎました。見てる方には分かりにくくなってしまった。
やっぱり見せることは、むつかしい。
アイダ・ロルフ博士は、アートの人だった。
私のロルフィングのバイブルは、「 Remembering Ida Rolf.」 Edited by Rosemary Feitis, D.O. and R. Louis Schultz, Ph.D.
この本では、ロルフ博士を知る人たちが、彼女とのエピソードを綴っています。
彼女が言ってた内容の中に、
○盲目の施術者だったとしたら、よりよりワークをするだろう
○カラダの一か所を触れたら、カラダ全体が分からないといけない。
○彼女が深く、と言ったけれど、その深さは、圧の深さという意味ではなかった。
○彼女がワークした場所は、穴があいたように組織が変化していた。
などなど盛りだくさんのエピソードがあります。
感覚については、言葉では理解することができません。ですから、私はこれら一つ一つの疑問について、
「これは、どういう意味なんだろう。」ということを随分探求しました。
その助けとなったのが、武道の世界。カラダの動きと、体感覚の深さを体験することが、なぞなぞを解いてくれました。
それができるか、というと、まだまだ。
アートというには、まだまだ。見てる人がうっとりするくらいにならないとね(笑
ロルフィングは本来、感覚の深さという側面を持った、アートだと思っています。
ロルフ博士のやっていたことがアートを含むロルフィングなら、インスティテュートのロルフィングは、レシピ「型」だと思います。
ベーシックのトレーニングは、「型」をなぞって学ぶ場所。
それを自分にも言い聞かせました。型に外れたことやっちゃ、ダメダメ。ちょっと日本みたいですね(笑
施術のエッセンスは、型そのものにはないのだけれどね。本質はいつも見えにくいし、言葉では理解できないもの。共感という感覚だけがそれを見せてくれます。
レシピの施術領域は守りつつ、エッセンスは見せても良いと思ったのだけれど、少し修正が要るようです。
メインインストラクターは、私が知覚を使ってやっていたことは、ロルフィングではない何か別のテクニックも使っている、と皆の前でおっしゃいましたから。
何が本質かを、どう見極めるのか。
感覚という世界を言葉で論じるのは、ホントに簡単ではないんですね。そういった疑問は横に置いておいて、
何よりもクラスや生徒たち、そしてメインインストラクターのサポートになることだけを考えて、臨機応変に対応していきたいと思います。
第2回目では、なんと、首へのワークと、ピルビックリフトをするのを忘れてしまった。
こんなことは、ロルフィングしてて初めてだったので、気づいたときには自分でもびっくり!恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。
それでも、良いセッションだって、メインインストラクターも、生徒達も言ってくれたんだけれど、役割を果たせなかったなあ。
第3回目のセッションでは、最初の30分間、クライアントとのつながりが感じられなくて、しどろもどろ。
つながったときには、時間が足りなかったので、スピードアップしたら、アートの側面が前面にでてきてしまった。
目をつむって、耳から知覚を広げ、カラダの感覚を聞きながら、感じながら手を動かしていく。
やっていることは、いつもと同じ。ガツンと深さ作って、方向作って、カラダを聞いて、筋膜が解放するのについていく。
もちろん、レシピの範囲内の施術エリアはきちんと守っています。
ですが、ちょっと感覚とアートの側面が強く出すぎました。見てる方には分かりにくくなってしまった。
やっぱり見せることは、むつかしい。
アイダ・ロルフ博士は、アートの人だった。
私のロルフィングのバイブルは、「 Remembering Ida Rolf.」 Edited by Rosemary Feitis, D.O. and R. Louis Schultz, Ph.D.
この本では、ロルフ博士を知る人たちが、彼女とのエピソードを綴っています。
彼女が言ってた内容の中に、
○盲目の施術者だったとしたら、よりよりワークをするだろう
○カラダの一か所を触れたら、カラダ全体が分からないといけない。
○彼女が深く、と言ったけれど、その深さは、圧の深さという意味ではなかった。
○彼女がワークした場所は、穴があいたように組織が変化していた。
などなど盛りだくさんのエピソードがあります。
感覚については、言葉では理解することができません。ですから、私はこれら一つ一つの疑問について、
「これは、どういう意味なんだろう。」ということを随分探求しました。
その助けとなったのが、武道の世界。カラダの動きと、体感覚の深さを体験することが、なぞなぞを解いてくれました。
それができるか、というと、まだまだ。
アートというには、まだまだ。見てる人がうっとりするくらいにならないとね(笑
ロルフィングは本来、感覚の深さという側面を持った、アートだと思っています。
ロルフ博士のやっていたことがアートを含むロルフィングなら、インスティテュートのロルフィングは、レシピ「型」だと思います。
ベーシックのトレーニングは、「型」をなぞって学ぶ場所。
それを自分にも言い聞かせました。型に外れたことやっちゃ、ダメダメ。ちょっと日本みたいですね(笑
施術のエッセンスは、型そのものにはないのだけれどね。本質はいつも見えにくいし、言葉では理解できないもの。共感という感覚だけがそれを見せてくれます。
レシピの施術領域は守りつつ、エッセンスは見せても良いと思ったのだけれど、少し修正が要るようです。
メインインストラクターは、私が知覚を使ってやっていたことは、ロルフィングではない何か別のテクニックも使っている、と皆の前でおっしゃいましたから。
何が本質かを、どう見極めるのか。
感覚という世界を言葉で論じるのは、ホントに簡単ではないんですね。そういった疑問は横に置いておいて、
何よりもクラスや生徒たち、そしてメインインストラクターのサポートになることだけを考えて、臨機応変に対応していきたいと思います。
