脂肪種として手術をうけたのですが、悪性の場合は、脂肪肉腫と言います。



脂肪肉腫の場合、もう一度手術して周りの皮膚を除去しなくてはならない、



というお医者さんの言った言葉に疑問が湧きました。



手術しないでおく、という選択肢もあっていいはず。



もし悪性と言われたとしたら、処置しないという選択は勇気がいるものです。



腫瘍に白黒つかない場合、癌の疑いがあった場合、手術して除去しておきましょう、という医者のいう通りにするしかない、というケースが圧倒的に多いのではないでしょうか。



自分の感覚と、周りの人達の助言で物事を判断する、という選択肢もあってよい、と思いました。



私の感覚では、良性。たとえ悪性と言われたとしても、この感覚からの判断を貫き通せるか。



自分の命に対する選択です。



ある覚悟がいると思いました。



覚悟とは、何が何でも生き抜く、という覚悟。あらゆる方法を試してでも、必ず生き抜くという表の覚悟です。



また、同時に自分の選択なら、結果死んでも悔いは無いという裏の覚悟も要ります。



今の西洋医学の医療で治療を行わない、という選択は少数派になります。自分がそうであっても例えば、肉親が医療を最優先にして当たり前、と思っていたら、自分の選択に対する周りからの理解も得られないでしょう。



何が何でも自分を通す強い意志が要ります。



しかし、一般的にそのような決断を肉体が弱っているときにできるか、とも思いました。



私のところで施術をうけてくださっていた、癌を煩ったクライアントさんのことを思い返しました。



その方は、もう治療はいい、というようなことを言っておられました。しかし、医者の主張と、周りの人達の心配におされ、治療を続けていらしゃいました。



今になって、その方がなぜ自分の選択を通せなかったのかが理解できました。



その方は、数ヶ月定期的に通ってくださいました。しかし、施術で良くなろうとするカラダの反応が、放射線治療を行う度に、小さくなっていきました。



反応が起こったところで、治癒の変化に対するカラダのエネルギーが、十分のこっていないのではないか、という予感がしました。



その頃、施術を受けるのを止めたのですが、それから暫く後に他界されました。



そんな記憶が頭をよぎりました。医療の権威というものが当たり前の世の中で、当たり前のように治療されていることが、あまり根拠がないかも知れない、ということも考えられます。



西洋医学の権威や、周りの親切が、自分の命に対する選択をさせていないのではないか、と思いました。



私は、たとえ腫瘍が悪性でも、良性でも、これ以上自分のカラダを切って開かない、もしくは傷つけない、という選択を心に決めました。



何であっても、治すから大丈夫。



そう心が決まると、すっきりするものです。医者から結果を聞くのは、ある意味どうでもよくなります。いつもと変わらずに過ごすことができました。



結果は、専門医が集まってみてくれたそうですが、ほぼ良性だろう、ということでした。



意識して自分に問いかける良いきっかけになりました。



生き抜く覚悟はありますか? 死ぬ覚悟がありますか?



そして、これから人が手術を受けなくても済む方法を考えていこうと思いました。



手技で治す。



治癒の手応えと変化を、具体的にしていく方法を本気で考えていこうと思ったのでした。