今年の気づき④、は心とカラダ。
特にハートと背骨。
ハートとは、心、という意味。胸でも心臓でもあり、感情と直感の中心という意味もあるらしい。
心が開かないと、自由な背骨、自由なカラダは手に入りません。
カラダだけのエクササイズだけでは、胸は開いてきません。
だから、心を可能性に開いて、オープンにして。
といっても、それがえらく簡単ではないのです。
心のハートが閉じているときには、胸を開くエクササイズをしていても、何かが違う、と思わせてくれます。
なぜなら、ハートの部分にある、胸骨が動きづらくなるからです。
ハートがいつもオープンでいられるということは、あるレベルで、精神力が肉体を凌駕する必要があると思います。
周りが気にならないくらい、自分の感覚を感じ、それに従って行動できるような。
だから一生懸命やるしかないのですが。
また、思考で考えると、ハートが閉じるということも今年、自分の体を通して体験しました。
思考って、ハートを閉ざしちゃう原因の一つなのですよ。
思考し続けるだけで、ハートが閉じちゃう。なんてことでしょう。
考えることが好きな人は、要注意ですよ。
思考は、感情や直感を無視してしまうので、それによってハートが閉じるというのは、納得がいきます。
思考する間を自分に与えず、行動。思考に隙を与えてはいけないです。
シャイな自分なども、心を閉ざしてしまう原因なのですが、シャイになるのはきっと行動の結果を、考えが予想するからだと思います。
だから、心のままに行動してくる、ということです。
背骨が自由になることが、こんな大変なことだとは思いませんでした。
って、まだなってないし(笑
自分がやろうと思ってなれることではないっていうことです。
心も、体も、考え方も、脳も、ぐにゃぐにゃに、やわらかく、柔軟に成長していく必要があるってことです。
それには、地道にコツコツ努力するしかないです。そうしたら、閃きとともに、コレダッって悟るようにわかる日がくるかもしれません。
今やっている先には、自由な背骨ちゃんが待ってくれているんだぞ、と日々精進です。
特にハートと背骨。
ハートとは、心、という意味。胸でも心臓でもあり、感情と直感の中心という意味もあるらしい。
心が開かないと、自由な背骨、自由なカラダは手に入りません。
カラダだけのエクササイズだけでは、胸は開いてきません。
だから、心を可能性に開いて、オープンにして。
といっても、それがえらく簡単ではないのです。
心のハートが閉じているときには、胸を開くエクササイズをしていても、何かが違う、と思わせてくれます。
なぜなら、ハートの部分にある、胸骨が動きづらくなるからです。
ハートがいつもオープンでいられるということは、あるレベルで、精神力が肉体を凌駕する必要があると思います。
周りが気にならないくらい、自分の感覚を感じ、それに従って行動できるような。
だから一生懸命やるしかないのですが。
また、思考で考えると、ハートが閉じるということも今年、自分の体を通して体験しました。
思考って、ハートを閉ざしちゃう原因の一つなのですよ。
思考し続けるだけで、ハートが閉じちゃう。なんてことでしょう。
考えることが好きな人は、要注意ですよ。
思考は、感情や直感を無視してしまうので、それによってハートが閉じるというのは、納得がいきます。
思考する間を自分に与えず、行動。思考に隙を与えてはいけないです。
シャイな自分なども、心を閉ざしてしまう原因なのですが、シャイになるのはきっと行動の結果を、考えが予想するからだと思います。
だから、心のままに行動してくる、ということです。
背骨が自由になることが、こんな大変なことだとは思いませんでした。
って、まだなってないし(笑
自分がやろうと思ってなれることではないっていうことです。
心も、体も、考え方も、脳も、ぐにゃぐにゃに、やわらかく、柔軟に成長していく必要があるってことです。
それには、地道にコツコツ努力するしかないです。そうしたら、閃きとともに、コレダッって悟るようにわかる日がくるかもしれません。
今やっている先には、自由な背骨ちゃんが待ってくれているんだぞ、と日々精進です。
