自分の後悔しない生き方をすればいい。



いっぱいぶつかって、恥をかきながら進めばいい。



自分を知ろうと思ったら、



自分が変わろうと思ったら、



失敗する経験を、心の中で暖かく見守って下さる人達と、生きているうちにきっと出会う。



厳しく指摘して、しかって下さる方々と、きっと出会う。



失敗し続けたら、いい。



ぶつかって失敗すると、自分でないものと、自分であるものの区別が、ちょっとずつ分かるから。



いつまでも、チャレンジャーでいたらいい。



自分の出来ることなんて、知っていること何て、たかがしれているのだから。



だから、できるふりをしなくてもいい。



知っているつもりをしなくてもいい。



そういうできるとか、できないとか、知っているとか、知らないとか、別にどうでもいいんじゃないの?



今の出せる100パーセントで、日常の今を、ここで、感じながらゆけばいい。



1日が終わって、今日も生き切ったな、って思えるように。



今日も、遊びきったなって、言えるように。



実は、答え自体が、感じて生きることだったりするかも知れない。



今、今、今、の連続が答えかも知れない。



たったこの今、カラダで、五感で自分と他人と、周りの世界を感じ切ることが答えかも知れない。



そうしたら、全力で行かないと、全力で感じて生きないと、きっと後悔するよ。



全力って、力むことじゃなくて、感じながら行くってこと。



感じるには、感じようとする余分な力はいらない。



感じる自分が、等身大な自分。



考えるではなく、カラダで感じる自分が等身大な自分。



カラダが表現するのが自分。



その自分で居られるか?がチャレンジだ。



今が、誰のためでもなく、自分の表現としてあるか?って問いかける。



誰のためでもなく、誰に誉められるでもなく、自分の道を行くと決めるのだ。



自分が、人生を、する! 



感じながら道を歩くのだ。