木が物事の現れ。


森は日本人の心。


ある技術を体得したいと思ったら、そのためにはどうすれば良いか、という小手先のことにどうしても目が行く。



物事がそうなるためには、という考えだ。



木を見て森をみない。こうなってた自分がいた。



しかし、本当に感じる、という日本人の達人達が感じた感覚を体得するには、技術に目がいってはできない。



結果を目指す姿勢では、体得はできない。



自分の固定観念と、我がいかに強いかに、毎瞬気づかされる。



人に触れるときに、触れようとしている自分と、触れようと準備できていないで触れている自分がいた。



本当に触れれているか、というと、そうはなっていないのだと気づかされた。



いつその感覚がやってくるかは、分からない。



だから、24時間、一生懸命、感じ、心をこめてするのだ。それが入り口。



入り口にも行ってないなあと思いました。無意志で物事をしている時間が多いもの。


といっても、真面目ぶってするでもない。


力を込めて気合いをいれるでもない。


ふりをしても、その感覚には届かない。


やろうとしていたら、そこで違う。


思考が働いたら、届かない。


だから、雲をつかむようにむつかしい。


日本の文化は、底なしに奥深いと感じさせられました。


とにかくやるしかない。


自分が、今、望んでいる態度が100%ですか?と問いかけながら。


その連続が、結果的に日本人の心に成っていた、と言える日につながるのだろう。