自分一人で気づくことはできるか?



体が固い、という事実があったとして、それが、身体の遣い方が下手な部分と、何かの固定観念がそうさせない場合があります。



はたまた、ネガティブな感情が体の組織をオープンにさせないのかも知れません。



どの道、自分を深く見つめ、感じ、体験し、新しい発見をするまで、解決方法を見つけることはできないでしょう。



では、自分一人でそれが可能なのでしょうか?



人には意識と無意識がありますが、その無意識な部分(原因)の自分に気づく必要があります。無意識な部分の自分にどうやって気づくのか。



自分の盲点に自分で気づくことができるか?



私は、一人で気づくのは非常にむつかしいと思います。他人は自分の鏡となってくれるので、日常でも他者の反応を見て自分に何が起こっているのかを注意深く感覚してみていけば、可能だとは思います。



しかし、それを深く感覚して見るだけの感覚の深さがあるかというと、そんな人は滅多にいないと思います。



他人のことは比較的よく見えますが、私自身の無意識に気づくことは、ものすごくチャレンジなのです。



ですから、自分の無意識を映し出してくれて、それを意識化に持ってこれるように、親身になって気づかせてくれる人が必要になるのだと思います。



ここを訪れてくれる方達には、私が鏡役となっています。



私の鏡役の方達もいます。



毎月セッションを受けています。その度に体に気づきが訪れます。また、忍者先生のワークショップであったり、武道のワークショップであったりと、深さを気づかせてくれるための場所に足を運びます。



自らが成長していく過程で、人が関わり、関係を持ち、関係性を保ち、相互に助け合うのは必然だと思います。



自分に関心を持ってくれて、親身に向き合ってくれる人がいるということは、幸せなことです。



一方で、不幸があるとすれば、自分や他人に向き合う機会を持てないことでしょう。親が子に向き合っていない場合も多いのです。



私は、とても恵まれています。自分の気づかない場所に気づかせてくれる方達が周りにいてくれるからです。



私を映し出してくれている周りの人に、心から感謝しています。また、私を鏡にしてくれている方達にも感謝しています。
その方達のお陰で、今日もこうして居られるのですから。



生きているというよりも、生かされていますよね。