あさイチを少し見てたら、靴のインソールのことをやっていて、その一環で「筋膜」のことを話していました。
おお、NHKのテレビ放送でも、筋膜の文字が出るようになったか、と思いましたが、解説していた筋膜のストレッチ方法には疑問が残りました。
筋膜が注目され始めたのは、40年ほど前で、ここ10年でいろいろなことが分かるようになってきた、というように解説されていました。
アイダ・ロルフ博士が筋膜に注目したのが、1930年くらいのことだったと思うので、80年ほど前になります。
ロルフィングは筋膜の分野では、先駆的な役割を果たしてきました。ロルフ博士の蒔いた種は、確実に咲き始めています。
私にとって、「筋膜」とは、西洋と東洋のカラダの見方を統合してくれたものかな、と思います。
アメリカでは解剖学や生理学的に、骨格と、筋覚の関係を学びました。
経絡が流れる層が筋膜にある、と言っている科学者もいます。鍼灸などで研究が進んでいるようです。
でも、それが一体何なのか、ということは、日本の武道の動きを学び始めるまで、体感として分かりませんでした。
感覚に深さが在ることが分かり、掘っても、掘っても、まだまだ底には全然届かない。深いのですよ。
筋膜の層を掘り下げていくと、骨に当たります。武道の達人は、この骨の感覚を知っています。
筋膜の癒着がなくなると、骨の感覚が出てくるのです。別の言い方をすると、骨に意識が通い始める、ということです。
そして、骨の感覚がわかると、筋膜の感覚も分かるようになります。骨を動かして筋膜が伸びると、本当に内臓などのコアも一緒にビヨーンと伸びるのです。
本などで書いてあるコアは、なんちゃってコア、です(笑
本当にコアが伸びる感覚を扱える人はそうはいませんから。
制限の無いカラダ、から生み出される動きは、常人離れをしています。それは流れるように美しく、力強く、見ていてすごい、の一言。アートなのですよ。
筋膜の癒着(カラダのストレス)を作らないように、カラダを遣えるということは、心もカラダも自由なのです。そういう人達には、筋膜リリースも、ロルフィングも必要ありません。
また、癒着がないと、カラダのエネルギーの流れを邪魔するものもなくなりますので、「気」を直に感じやすくなります。達人は合気も操りますよね。
筋膜の癒着を作らないように骨格を遣えるということは、そのように、心とカラダを遣えるということ。
私はある種、禅の境地と思うのですよねえ。黒と白、相反する性質が同時に存在して、一方が限りなくゼロに近くなるけれど、ゼロにはならず、どうしても2つの性質が同居していなくてはならない、みたいな。
訳がわからないかも知れませんが、そんな感じ。
一般人にはできないような脳の部位や、意識のコントロールが顕在意識下でできないといけません。
スーパー微細な感覚にチューニングできるよう、カラダの感覚の繊細さを身につけることでもあります。
カラダを遣える、と言えることは奥深いです。そうなるためには、日々自分と向き合って、気づいて、深めて精進するしかないのです。
そうやって、毎日新しい気づきや発見がある生活は、新鮮で、とても楽しいですよ。
おお、NHKのテレビ放送でも、筋膜の文字が出るようになったか、と思いましたが、解説していた筋膜のストレッチ方法には疑問が残りました。
筋膜が注目され始めたのは、40年ほど前で、ここ10年でいろいろなことが分かるようになってきた、というように解説されていました。
アイダ・ロルフ博士が筋膜に注目したのが、1930年くらいのことだったと思うので、80年ほど前になります。
ロルフィングは筋膜の分野では、先駆的な役割を果たしてきました。ロルフ博士の蒔いた種は、確実に咲き始めています。
私にとって、「筋膜」とは、西洋と東洋のカラダの見方を統合してくれたものかな、と思います。
アメリカでは解剖学や生理学的に、骨格と、筋覚の関係を学びました。
経絡が流れる層が筋膜にある、と言っている科学者もいます。鍼灸などで研究が進んでいるようです。
でも、それが一体何なのか、ということは、日本の武道の動きを学び始めるまで、体感として分かりませんでした。
感覚に深さが在ることが分かり、掘っても、掘っても、まだまだ底には全然届かない。深いのですよ。
筋膜の層を掘り下げていくと、骨に当たります。武道の達人は、この骨の感覚を知っています。
筋膜の癒着がなくなると、骨の感覚が出てくるのです。別の言い方をすると、骨に意識が通い始める、ということです。
そして、骨の感覚がわかると、筋膜の感覚も分かるようになります。骨を動かして筋膜が伸びると、本当に内臓などのコアも一緒にビヨーンと伸びるのです。
本などで書いてあるコアは、なんちゃってコア、です(笑
本当にコアが伸びる感覚を扱える人はそうはいませんから。
制限の無いカラダ、から生み出される動きは、常人離れをしています。それは流れるように美しく、力強く、見ていてすごい、の一言。アートなのですよ。
筋膜の癒着(カラダのストレス)を作らないように、カラダを遣えるということは、心もカラダも自由なのです。そういう人達には、筋膜リリースも、ロルフィングも必要ありません。
また、癒着がないと、カラダのエネルギーの流れを邪魔するものもなくなりますので、「気」を直に感じやすくなります。達人は合気も操りますよね。
筋膜の癒着を作らないように骨格を遣えるということは、そのように、心とカラダを遣えるということ。
私はある種、禅の境地と思うのですよねえ。黒と白、相反する性質が同時に存在して、一方が限りなくゼロに近くなるけれど、ゼロにはならず、どうしても2つの性質が同居していなくてはならない、みたいな。
訳がわからないかも知れませんが、そんな感じ。
一般人にはできないような脳の部位や、意識のコントロールが顕在意識下でできないといけません。
スーパー微細な感覚にチューニングできるよう、カラダの感覚の繊細さを身につけることでもあります。
カラダを遣える、と言えることは奥深いです。そうなるためには、日々自分と向き合って、気づいて、深めて精進するしかないのです。
そうやって、毎日新しい気づきや発見がある生活は、新鮮で、とても楽しいですよ。
