自分が感じるのではなく、感じるからそれが自分なのです。


自分という存在はどのようにして、自分が自分と分かるのでしょうか。


私って何?って考えたところで、明確な答えはでません。


他人と違う容姿をしているから、それが自分?


外見だけを見くらべていたら、自分を自分としてみせるために、違いを見せるためにいろいろしなくてはいけません。大変です。


他人に認められることが自分だとしたら、いつまでたっても他人に合わせ続けないといけません。そんなの疲れてしまいますよ。


感じる私がここにいるから、だから私なのです。


もし、感じることが出来なかったら、感じることをしなかったら、どうなるでしょうか。


きっと自分という存在は、もだえ苦しんでしまうでしょうね。


存在しているのに、存在できない。


感覚を求めて、さまようでしょう。


カラダを意識的に感じることが、自分を感じることなのです。


感じよう、って思ったら、自分が感じられるようになります。


動かそうって思って動作したら、自分が躍動し始めます。


食べて美味しく感じ、

聴いたメロディーに感動し、

朝の外気を吸って新鮮に感じ、

シャワーのお湯に温かみを覚え、

寝てはゆだね気持ち良く、

朝はすっきり目覚める。


全部、感じられるから、ポジティブになるのです。


いそがず、ゆっくりと、味わって感じましょう。


感覚を感じることが、自分なのです。