神経系からストレスを抜いたとしても、過去の経験に基づいて、また同じ反応の仕方をしていると、同じストレスが何度も作り出されます。


だから、そのストレスを作る原因に気づいて、同じ反応をしないような神経回路を作り出し、その回路を強化していくことが大切になってきます。


現実には、自分の意識を変える、ということです。


自分の生活への姿勢が変わること。起こる出来事に対しての認識が変わることです。


意識の選択肢を増やします。これは、そのまま脳の神経回路のネットワークを変えます。


世の中に悲しみや不安、そして恐怖を動機に基づいて反応する人が、喜びや感謝に基づいて反応するためには、過去の悲しい出来事、不安を引き起こした出来事から決別する必要があります。


脳には可塑性があります。経験によって、形をかえてゆく、というものです。


だから、自分の信念が上書きされるような、新しい定義になるような体験をすると、脳はそれまでの定義を書き変えることができます。


人は変わることができる創造物です。


自分を過去と結びつける力や、他者から植えられた考えを思い込む力が強いと、なかなか新しい神経のネットワークが発達しにくいですが、この抵抗を少しずつ弱めていきます。


観察すると、ほとんどの人たちが、自分たちが当たり前と思っている日常や、過去にあったことに基づいて繰り返し繰り返し反応しています。また、それを元にストレスを溜めています。


人は変われるのだけれど、実は無意識に変わらないことを選択しています。


もちろん、変わるときには時間は必要です。いきなり変わったら、パニックになりますから。


でも、言葉では変われると言っていても、それは期間限定、場所限定にしてしまっている場合が多いのです。


人は、ここではオープンでも、ここでは、こう考える方が当たり前だと、決めつけがちになります。


だから、自分を空にして、可能性にはいつもオープンにしておく心構えがいつもあるのが良いです。


自分が思ってもいない形で、もっと楽に、もっと楽しく生きてもいいんだよ、と。


過去の出来事に反復して反応するよりも、もっと未来にある可能性に対しオープンにいることで、脳は、違う体験を選ぶのだということを強調したいと思います。


カラダの反応も、それと同じです。人の姿勢や動き見ると、その人がいる現実が見えます。世界観が見えます。その人が現実と考えている現実があります。


それは、違っても良い。もっと違っても良い。


私は、それと同じことを他者だけでなく、常に自分に対しても思っています。もっと違っても良いのだよ、と。


一方では時間と空間の制限を尊重しながらも、私は人の可能性は、無限大だと思います。考えられるありったけの広い世界を、可能性を想っても良いと思っています。


そして、あこがれて、実際にそれに向かって生きても良いのです。


突拍子もないですが、食べないで生きても、何百年も生きても、テレパシーを使って会話しても、空中に浮いても、手で触れないで触れても、いい。


この世がすべてじゃなくても、いい。知らない生命体が生きていてもいい。私達には理解できないことだらけなのだから、可能性は大きく、広い方がおもしろく、世界が楽しませてくれます。



心を、可能性にオープンにして生きているだけで、いい。


その方向で想うなら、本当にオープンになる方向へ物事は動きます。必ず今いる世界は変わる。必ず、です。