体調も全快。


カラダに柔軟性と弾力も戻り、快調。


カラダが過度に疲れた不調の状態から、快調に向かう過程で、自分の行動を観察していると、おもしろいことに気づけました。


摂食して快調だったときとは反対に、いくらでも食べ物を食べたくなる自分がいました。


お腹いっぱいでも、まだ口に何か入れたくなるのでした。


夜遅くても、食べたくなる。どうしたものかと思いながらも、ついつい食べてました(笑


カラダが重たくなる、炭水化物をたくさん食べたくなっていました。やったら、チョコパンを食べていたな。


甘いものや、ポテトチップスなど油ものも、やたら食べたくなってたな。


カラダが弱っていると、誘惑に、欲望に勝てなくなる自分がいたのでした。


うっかりミスも増えました。物を床にポロッと落としやすくなっていました。コップを割りました。食べ物が床に散らかったり。うーん、どうしたものかと掃除しながら観察していました。


そして、クリエイティブさが出てこなかった。


精神的にどうにかできたものか?


うーん、今回は無理っぽかったな。


カラダの状態が自分の行動を決めていた、ということです。


目は疲れるし、パソコンの画面は長くは見れなかったので、最小限にしていました。


セッションをした後で、疲れがどっと出てくるのでした。


調子の良いときには、気になるほど疲れないので、普段はこんなにも集中しているものなのか、集中できているのか、と改めて気づかされました。


体調が安定しているときは、集中力と持続力はなかなかのものだな、と感心させられました。


背骨に弾力がなく、背骨にエネルギーが流れる量が少なくなり、セッション時のときなど、流れが一時的に大きくなることは起こったのですが、日常で自然に開いては来ませんでした。


死期が近づいた人を、野口整体の野口晴哉先生は、鳩尾をみればそれが分かる、と本で書いていらっしゃいました。


それは、背骨にながれるエネルギーが少なくなり、柔軟性がなくなり、それがどんどん少なくなり、そうすると、どうしても背骨が伸びなくなり、動かなくなるのでしょう。


それが一番でてくるのが、胸の辺り。だから、鳩尾を観ればそれが分かる、ということだと思います。


また、武道の達人、日野晃先生は、胸骨操作と意識の遣い方をご指導されていますが、胸骨が一番動きにくい、とおっしゃっています。


ご自身は、胸骨が動く幅を全開にすることで、超人的な動作を体現されていらっしゃいます。


胸骨が最大限に動き、自由に動かせてこれるということは、心身共に自由だということです。


もちろん、胸骨が自由に動かせるということは、その他の箇所も自由だということです。


背骨の柔軟さと可動域を観ることが、人の身体の生命力の大きさを測る物差しになる、ということが推測されます。


今回は回復も早かったのですが、おそらく、自分の死期を自分で予測できるだろうな、と回復の過程を観察しながら思いました。


快調さを取り戻し、食べ物もセーブし直し、運動も再開しています。


もちろん、タダでは転びません。


調子が悪くてもその間、カラダの気づきは深めていましたから、調子が戻った今、以前よりパワーアップしています。


そうして、まだまだ自分のカラダに眠る可能性があることにも、同時に気づかされるのでした。