ありがたいことは、私の回りには自分と向き合って下さる方々がいることです。



先日のワークショップでは、忍者先生が私に「がつんっ」と向き合ってくれました。



私のネガティブな考え方を指摘してくれました。



私は自分が上達しない理由を、ワークショップで下半身を取り扱ってくれないからだ、と書きました。



それで上下のバランスが悪くなっている、と。



しかし、それは私が自分なりの都合の良い解釈で、勝手に考えたことでした。



後で改めて思うと、なんて礼儀に欠いたことを言っているのだろう、と自分に苦笑いです。



私達の上達のために、毎回ベストを尽くしてくれる人に言うことではありませんね。



エクササイズでは、下半身も取り扱ってくれていたのですが、私が「考えていた」理解の方法とつながってこないために、私の目には、下半身のことをやっていないように見え、それだけが強調されてしまいました。



事実を自分なりに曲解して解釈したことを、他人のせいにすることは、あってはなりません。



人は、狭い考え方に陥ると、自分の都合の良いところしか目につかない生き物なのだなあと、自分の見方を通して改めて気づかされました。



私は、もともと直球で物事を考える癖があります。


自分なりに考えることは、頑固さです。


自分にとって都合の良いところしか見えなくなってしまいます。



また、「与えられるのを待つ」という自分の甘さに気づかされました。与えられないことに文句を言っていました。忍者先生に甘えてしまいました。



実際には、すべてのエッセンスが、やってくれているエクササイズには詰まっています。それに試行錯誤しながら気づき、味わい、遣えるようになるのは、私の仕事です。



こうして、忍者先生は私とがつんと向き合ってくれたのでした。彼の顔を見れば、前回から今回の間に、どれほど真剣に向き合い、心を割いてくれていたのかが、伝わってきました。



物事の捉え方一つとっても、すごい繊細だなあと思いました。忍者先生は、感じるグリッドの目盛りが、一般人よりもずっと細かい。



この忍者先生の向き合う姿勢は、私の中により深さを生み出してくれました。言っていることがスッと入ってきたからです。



話しを聞いている間、顔は真面目に聞いていましたが、私の心は始終穏やかでした。



私と向き合ってくれることのありがたさを感じていたからです。


自分の頑固さの部分が、溶けていくようでした。



また一方で、私は私なりの狭い頑固な考えに陥るとき、私の根本には「焦り」、があるのだということも同時に気づかされました。早くカラダを達人レベルで扱えるようならないと、という焦りです。



焦りがあるこの状態では上達はしないな、と思いました。



焦りがあるときには、やればやるほど、変な方向に進むものです。



方向修正です。



私は、実感して気づいたことは、素直に受け取ります。



その後のエクササイズには、焦らずに、素直に取り組むことができました。その分、上達を感じることもできました。



カラダの感覚が、今までに無いくらい気持ち良かった。幸せな気分でした。その状態では、カラダの操作だけでなく、物事が上手く運ばれるのだ、ということを味わうことができました。



そうそう。これだよ、これ。本質は、ここにある。



今回は特に、忍者先生は場を保つのに、いつもより気配りを相当された、と思います。張本人は私なのですが(笑



お陰様での深い気づきに、心から感謝です。