頭の思考がカラダを支配している人がほとんどなのが、私達の現状です。
施術を受けに来て下さる方のカラダを触れさせていただいているときも、自分のペースをカラダで理解している方は、ごくわずかです。
ですから、不調や疲れ、痛みなどと共に、こちらにいらっしゃるのですけどね。
私もまた、自分を定期的にケアすることで、またカラダの動作を学び続けることで、自分に気づき続けています。
私はいつかは、受けに来て下さる方が、自分のカラダのペースを、思考ではなく、カラダの感覚で感じられるようになっていただきたい、と思っています。
私もまた、より深い理解と共に、より感覚を感覚として感じ、カラダと共に生きていくのだ、という思いと共に進んでいます。
自分が自分と上手くやっていくには、自分のカラダや心の状態、そして思考について気づいくことが大切です。
自分のカラダがどのような影響を思考から受けているのかを感覚で分かれば、私達は、思考とカラダが別れていないことを本当に理解し始めます。
心で反応した瞬間、それがカラダに影響しているのだ、ということを理解し始めるのです。
自分にとって自然ではない、ネガティブな感情が積もっていることが、神経系を介してどのようにカラダに影響しているかを理解し始めるのです。
外部から仕入れた情報を真実と信じ込み、一番物事をよく知っている自分の感覚を、ないがしろにしているのだということを知ることになります。
それがいかに自分の代謝を狂わせているのか。自律神経を乱し、様々な症状や病状としてでてきていることが分かります。
不調や痛み、そして病気でさえ、カラダが自分の感覚に気づいてください、というサインを送ってくれているのです。
私達は、自分に気づいていく過程で、自分で可能性をどれだけ限定しているのか、自然治癒力をどれだけ限定しているのかを知ることになるのです。
実は周りの環境が自分に影響しているのではなく、問題は、自分がいかに自分に気づいていないか、ということなのです。
その気づきを感覚を通して知覚できるようになったときに、はじめて私達は自分を、統合した存在として認め、それと共にいることができます。
思考も、感情も、感覚も、そしてカラダも私なのだ。区別などそこにはなかったのだ。私は一つに統合された存在なのだと。
気づく過程の中で、時間をかけて、自分を認め、自分にやさしくなることができます。
今までのつらさが、自分を受け入れ、やさしくなれるためのものだと言うことが分かったら、そのときに、今までのそのつらさが報われるでしょう。
自分のカラダが、ぎりぎりまで自分に付き合いながら頑張ってくれていることに感謝できるようになるでしょう。
カラダは、あなたが本当に理解することを辛抱強く待ってくれているのです。どんなにこき使われても、限界まで待っていてくれているのです。
もう一度、あなたがあなたらしく在ることができますように、と。
私がそのことに気づいてきたように、あなたにもそのことに気づいてほしいなあと思うのです。
施術を受けに来て下さる方のカラダを触れさせていただいているときも、自分のペースをカラダで理解している方は、ごくわずかです。
ですから、不調や疲れ、痛みなどと共に、こちらにいらっしゃるのですけどね。
私もまた、自分を定期的にケアすることで、またカラダの動作を学び続けることで、自分に気づき続けています。
私はいつかは、受けに来て下さる方が、自分のカラダのペースを、思考ではなく、カラダの感覚で感じられるようになっていただきたい、と思っています。
私もまた、より深い理解と共に、より感覚を感覚として感じ、カラダと共に生きていくのだ、という思いと共に進んでいます。
自分が自分と上手くやっていくには、自分のカラダや心の状態、そして思考について気づいくことが大切です。
自分のカラダがどのような影響を思考から受けているのかを感覚で分かれば、私達は、思考とカラダが別れていないことを本当に理解し始めます。
心で反応した瞬間、それがカラダに影響しているのだ、ということを理解し始めるのです。
自分にとって自然ではない、ネガティブな感情が積もっていることが、神経系を介してどのようにカラダに影響しているかを理解し始めるのです。
外部から仕入れた情報を真実と信じ込み、一番物事をよく知っている自分の感覚を、ないがしろにしているのだということを知ることになります。
それがいかに自分の代謝を狂わせているのか。自律神経を乱し、様々な症状や病状としてでてきていることが分かります。
不調や痛み、そして病気でさえ、カラダが自分の感覚に気づいてください、というサインを送ってくれているのです。
私達は、自分に気づいていく過程で、自分で可能性をどれだけ限定しているのか、自然治癒力をどれだけ限定しているのかを知ることになるのです。
実は周りの環境が自分に影響しているのではなく、問題は、自分がいかに自分に気づいていないか、ということなのです。
その気づきを感覚を通して知覚できるようになったときに、はじめて私達は自分を、統合した存在として認め、それと共にいることができます。
思考も、感情も、感覚も、そしてカラダも私なのだ。区別などそこにはなかったのだ。私は一つに統合された存在なのだと。
気づく過程の中で、時間をかけて、自分を認め、自分にやさしくなることができます。
今までのつらさが、自分を受け入れ、やさしくなれるためのものだと言うことが分かったら、そのときに、今までのそのつらさが報われるでしょう。
自分のカラダが、ぎりぎりまで自分に付き合いながら頑張ってくれていることに感謝できるようになるでしょう。
カラダは、あなたが本当に理解することを辛抱強く待ってくれているのです。どんなにこき使われても、限界まで待っていてくれているのです。
もう一度、あなたがあなたらしく在ることができますように、と。
私がそのことに気づいてきたように、あなたにもそのことに気づいてほしいなあと思うのです。
