ある方法は良くて、ある方法は良くない。


そういう判断っていらないなあと思います。


ある人には、ロルフィングが必要かも知れない。でも他の人にはソースポイントセラピーが必要かも知れない。


はたまた、カウンセリングとか、オステオパシーとか。


うーん、人が十人いたら、十人ともに、ニーズが違うのです。


だから、一つの方法が絶対に正しい、ということはなくて、何がその人の変化に役立つか、ということだと思います。


カラダというのはしなやかで、生命力がしっかり根付いていないと、この世の中では上手くやっていくことができないわけです。


ちょっとの力が加わるだけで自分が崩れるようでは、思うように、上手く事を運ぶことが出来ません。


その力強さというのは、生命の力、からきます。


生命力を弱めているのは、何なのか。


それを掘り下げていくわけです。


肉体、感情、思考、信念、どこにブロックがあるのか。その人のどんな経験がブロックをどけさせないのか。


悪いところを治すのではなく、良いところを否定しているものが何かを見つけ、それを見えるようにするのです。


認識されることが必要で、そして見えたら、それを流すことを許すようになります。


私は、生命力というのは、育む力なので、それ自体を良いと言っています。


その命の力が流れる通り道を私達は、どこかでふさいでいるわけです。


取り除くために必要なことが、触れることであったり、その場に居ることであったり、言葉であったり、ある特定の場所への手技であったりと。


ちゃんと送ったものが届けば、相手は変わります。


受け手が受け取りたくない場合もありますが、それも良いでしょう。


受け取っていない、という選択をすることで、自分が変化したいのか、そうでないかを知ることができます。


それもまた、前進です。一つのステップを踏んでいることになるでしょう。


私達施術者は、受け手の何が変われば、その人が痛みや不快なく、上手くやっていけるのか、ということを念頭に置いてしているわけで、


この方法は良くて、この方法は良くない、そういう問題ではない、ということなのです。