今の子供達は感性が高い子が多い、と個人的に思います。
良くも悪くも、感性が高いので、楽しいことはするけれど、楽しくないことはやりたくない、と思います。
施術をさせていただいた経験からも、子供なのに道徳観など、精神的に成熟しているなあ、と思ったりします。
日本が物質的に豊かだからでしょうか。
物質的な豊かさが当たり前の今、精神性が大切なことのように思います。
道徳観とか、やりがいとか、生きがいとか、そういう魅力が今の若者には必要なのかな、と思います。
子供達が、自分で自分の感性を知って、特徴を知っておくことが大切なことのように思います。
長所と短所を知って、長所を伸ばしてあげるような勇気づけがあれば伸びていく子供が多いと思います。
逆に、競争とか、上から押しつけるとか、そういうやり方では心がときめかず、動かないでしょう。
無理矢理やらせるようなやり方は、子供にストレスを溜めさせてしまうので、それがすぐに体にでるようです。今の子供達や、大学生は、とても風邪を引きやすいそうですよ。
一方で、社会のシステムは相変わらずで、経済が人間性よりも重視される傾向が、いまだに濃く存在します。
私の少年時代、学生だった頃は、受験のストレスも、部活のきびしさも、就職の氷河期も、我慢して突き進んで当たり前、という時代でした。
新卒は要らない、という風潮の中、生き残るのに必死で、今もまだその圧迫感や不安を感じている同世代の人達も多いと思います。
私の場合、長年その経験はトラウマになっていました。自分を押し殺して、社会のシステムに自分を当てはまるのに必死だった頃のストレスは、とても大きなものでしたから。
自分の道が合ってるかどうか分からないけれど、とにかく直感に従って、自分で決めて生きる、と決心するまで葛藤は続きました。
そのやり方を教わったことがなかったので、壁を突破するのが大変でした。
社会に居場所がないなら、居場所になればいい、と発想を転換するまでには時間がかかりました。
決心して、今、自分が納得したサービスを提供できる形に自立するまでは、時間もかかりましたし、たくさん経験を積みながら学ばなければなりませんでした。
アメリカでは、ついていけなくて先生の前で泣いてしまうくらい、また体重が激減するくらい頑張りました。しかし、違和感はまったく無く、学びの過程はとても充実していました。
それは、自分のやりがいのある、努力しがいのあることだったからです。
今は社会のシステムから外れてしまったので(笑、自由です。よく自営業は大変だね、と会社員の方に言われますが、そんなことはありません。
小さいですが、訪れて下さる方のために、心地良い居場所を作り、自分のペースでやらせていただいています。
人のサポートをするという、私がやりがいと感じることをして食べさせていただいているので、誰かに無理にやらされている、というストレスが全くありません。
さて、私の学生時代だった頃より、今の社会は少しずつ人間性を考慮するように変化してきている、とは思います。しかし、まだまだ日本の社会システムは、多様な生き方を受け入れるまでには至っていません。
社会のシステムが変わるスピードよりも、子供達の感性の変化の方が早いようです。日本の保守的な文化も影響しているでしょう。
その狭間で、自分の道が見つけられず、もしくは見つける方法を知らないまま、もどかしい思いをしている子供達も多いことでしょう。
相変わらず、子供達は受験のストレスにさらされています。
多くの親達も、相変わらず子供を社会の安全なレール(高学歴、良い会社)に乗せたいようです。安全、安定というのはもう昔の話し。幻なのですけどねえ。
まず子供達の教育に大切なことは、安全・安定といわれているレールに乗るにしても、そこから外れる道を選ぶにしても、
自分で選んで、決めて、決めた結果を受け止めて、生きる、という姿勢を教えておくこと、だと私は思います。
さあ、選んで生きなさい、と言われれば、子供達は自分で考えるしかないでしょう。それでいいのです。自分で考えて、行動するスイッチが、周りの環境に守られすぎたり、親が干渉してしまったりして、入っていないだけです。
シミュレーションをさせるなどして、実際に調べさせることは、自分を知ることに繋がります。個人で何かをするためには、方法を知っていることです。その方法を知って、技術を身につけるにはどうすれば良いか。
自分で実感させてあげるのです。
自分で考えて、何が足りないか、ということを実感すれば、自分が何をやるべきか、ということが見えてきます。
そういう脳の働かせ方を教えることが、大切です。早ければ、早いほど良いと思います。
子供達に、経験がないなりに、精一杯考えさせて、自分で答えを出させるのです。それが、自分の内からでてくる動機となります。
動機が、自分の考えや、想い、情熱などと結びついたら、行動力へと結びつきます。
子供達の、自分にもともと備わっているクリエイティビティや長所を、具体的に使えるようにするにはどうすれば良いか、を気づかせてあげるのが教育だと思います。
そして、その延長で社会で何ができそうかを、クリエイティブな先人達の例から、選択肢をたくさん、たくさん見せてあげて、そこから考えさせてあげるのです。
いきなり社会にポーンと放り込まれるのはとても酷なので、その準備を、普段から自然としてあげる環境を、大人が作ってあげるのです。
それを教育の一環として、小さな頃から、段階的に行われているのが大切なのではないか、と私は思います。
良くも悪くも、感性が高いので、楽しいことはするけれど、楽しくないことはやりたくない、と思います。
施術をさせていただいた経験からも、子供なのに道徳観など、精神的に成熟しているなあ、と思ったりします。
日本が物質的に豊かだからでしょうか。
物質的な豊かさが当たり前の今、精神性が大切なことのように思います。
道徳観とか、やりがいとか、生きがいとか、そういう魅力が今の若者には必要なのかな、と思います。
子供達が、自分で自分の感性を知って、特徴を知っておくことが大切なことのように思います。
長所と短所を知って、長所を伸ばしてあげるような勇気づけがあれば伸びていく子供が多いと思います。
逆に、競争とか、上から押しつけるとか、そういうやり方では心がときめかず、動かないでしょう。
無理矢理やらせるようなやり方は、子供にストレスを溜めさせてしまうので、それがすぐに体にでるようです。今の子供達や、大学生は、とても風邪を引きやすいそうですよ。
一方で、社会のシステムは相変わらずで、経済が人間性よりも重視される傾向が、いまだに濃く存在します。
私の少年時代、学生だった頃は、受験のストレスも、部活のきびしさも、就職の氷河期も、我慢して突き進んで当たり前、という時代でした。
新卒は要らない、という風潮の中、生き残るのに必死で、今もまだその圧迫感や不安を感じている同世代の人達も多いと思います。
私の場合、長年その経験はトラウマになっていました。自分を押し殺して、社会のシステムに自分を当てはまるのに必死だった頃のストレスは、とても大きなものでしたから。
自分の道が合ってるかどうか分からないけれど、とにかく直感に従って、自分で決めて生きる、と決心するまで葛藤は続きました。
そのやり方を教わったことがなかったので、壁を突破するのが大変でした。
社会に居場所がないなら、居場所になればいい、と発想を転換するまでには時間がかかりました。
決心して、今、自分が納得したサービスを提供できる形に自立するまでは、時間もかかりましたし、たくさん経験を積みながら学ばなければなりませんでした。
アメリカでは、ついていけなくて先生の前で泣いてしまうくらい、また体重が激減するくらい頑張りました。しかし、違和感はまったく無く、学びの過程はとても充実していました。
それは、自分のやりがいのある、努力しがいのあることだったからです。
今は社会のシステムから外れてしまったので(笑、自由です。よく自営業は大変だね、と会社員の方に言われますが、そんなことはありません。
小さいですが、訪れて下さる方のために、心地良い居場所を作り、自分のペースでやらせていただいています。
人のサポートをするという、私がやりがいと感じることをして食べさせていただいているので、誰かに無理にやらされている、というストレスが全くありません。
さて、私の学生時代だった頃より、今の社会は少しずつ人間性を考慮するように変化してきている、とは思います。しかし、まだまだ日本の社会システムは、多様な生き方を受け入れるまでには至っていません。
社会のシステムが変わるスピードよりも、子供達の感性の変化の方が早いようです。日本の保守的な文化も影響しているでしょう。
その狭間で、自分の道が見つけられず、もしくは見つける方法を知らないまま、もどかしい思いをしている子供達も多いことでしょう。
相変わらず、子供達は受験のストレスにさらされています。
多くの親達も、相変わらず子供を社会の安全なレール(高学歴、良い会社)に乗せたいようです。安全、安定というのはもう昔の話し。幻なのですけどねえ。
まず子供達の教育に大切なことは、安全・安定といわれているレールに乗るにしても、そこから外れる道を選ぶにしても、
自分で選んで、決めて、決めた結果を受け止めて、生きる、という姿勢を教えておくこと、だと私は思います。
さあ、選んで生きなさい、と言われれば、子供達は自分で考えるしかないでしょう。それでいいのです。自分で考えて、行動するスイッチが、周りの環境に守られすぎたり、親が干渉してしまったりして、入っていないだけです。
シミュレーションをさせるなどして、実際に調べさせることは、自分を知ることに繋がります。個人で何かをするためには、方法を知っていることです。その方法を知って、技術を身につけるにはどうすれば良いか。
自分で実感させてあげるのです。
自分で考えて、何が足りないか、ということを実感すれば、自分が何をやるべきか、ということが見えてきます。
そういう脳の働かせ方を教えることが、大切です。早ければ、早いほど良いと思います。
子供達に、経験がないなりに、精一杯考えさせて、自分で答えを出させるのです。それが、自分の内からでてくる動機となります。
動機が、自分の考えや、想い、情熱などと結びついたら、行動力へと結びつきます。
子供達の、自分にもともと備わっているクリエイティビティや長所を、具体的に使えるようにするにはどうすれば良いか、を気づかせてあげるのが教育だと思います。
そして、その延長で社会で何ができそうかを、クリエイティブな先人達の例から、選択肢をたくさん、たくさん見せてあげて、そこから考えさせてあげるのです。
いきなり社会にポーンと放り込まれるのはとても酷なので、その準備を、普段から自然としてあげる環境を、大人が作ってあげるのです。
それを教育の一環として、小さな頃から、段階的に行われているのが大切なのではないか、と私は思います。
