最近は、無料で見れるアニメが多くなっています。


私はアニメ好きです。日本の漫画やアニメ文化は世界でも稀で、誇れる文化ですよね。


久しぶりに、キン肉マンの無料放送がやっていたので、第1話を見ていました。


私が小学生、低学年のころは、毎週くぎづけになってみていました。超人と呼ばれるヒーロー達の絵も、たくさん描いていたのを思い出しました。


キン肉マンが始まるときの、歌の一節。


「わたしは、ドジで、強い、つもり、キン肉マ~ン、

走る、滑る、見事に転ぶ、

あ~、心に~、愛がな~ければ~、スーパーヒーローじゃ~、ないのさ~。

キン肉マ~ン、ゴーファーイト!」



なつかし~い感覚とともに、じ~んと、こみ上げてくるものがありました。めっちゃ覚えてるし、自然と歌えるし(笑


なんだ!?このしっくり感覚はっ!?


おおお、そうか~、分かったっ!!


ちっちゃな僕(私)は、キン肉マンのようなスーパーヒーローになりたかったのかっ!


人を助ける正義の味方、への強い憧れがあったのでした。


ちいちゃい自分は何になりたいか、既に分かっていたではないですか~。


小学生の高学年くらいからは、純粋で、強くて、しっくりきていた感情や感覚を、現実の厳しさで覆い尽くして感じられないようになった時期が続いたのでした。


自分らしさを再発見でき始めたのは、大学生になってから。


紆余曲折を経て、今は自分の心にしっくりくる形を実現しながらやっていますが、自分の感覚を見失わずに、正直に従っていれば、もっとすんなり自分の道が分かったのかなあ、なんて思います。


そして、自分の純粋な感覚に従えば、今よりも、自分の考えが及ぶ範囲よりも、もっともっと大きな可能性が先に広がっていて、それが待ってくれているはずなのです。


私は、まだまだ、自分らしさを出せていないな。


自分のクリエイティブさを、とんでもない圧力で押さえつけてきた、という教訓が、ここ最近やってきています。


そうかあ、今でも私はまだ自分本来のクリエイティブさを出せてないのかあ、、なんてちょっとショッキングに思い、小さな頃の自分の強烈な正義感という感覚に圧倒されて、じーんときたのでした。


そして、抑えつけて、我慢させ続けてきた、自分のクリエイティブさに本当に申し訳無い、とさえ思ったのでした。


私達は、小さい頃、きっとどこかで、正直で迷いがない、強い感覚を持っていたと思います。それが外部の圧力で押さえつけられるまで。その影響で、自分が自分を押さえつけてしまうまで。


きっと今は、本来のクリエイティブさを思い出していく時なのでしょう。


ゴー、ゴー、ファイト!! キン肉マン、懐かしいから、もうちょっと見てみよっと。他の超人達も見たいし(笑