心が静かになることと、カラダの緊張が解けることは関係深い。


心が穏やかでないとき、すなわち不安がったりするときには、カラダも穏やかでなくなる。


穏やかでない心の状態や、怒りや悲しみなどの感情は、無意識のうちにカラダに緊張を走らせる。


思考もまた、カラダに緊張を走らせる。


カラダに緊張が走るときというのは、筋肉が緊張するということ。


無意識のうちに、カラダに緊張が保たれる、筋肉が緊張状態でいる、ということ。


筋肉が緊張すると、カラダの重みを感じられなくなる。


カラダの重みを味わえなくなる。


そうすると、力を抜いて委(ゆだ)ねることができなくなる。


心も、カラダも、委ねることができなくなる。


カラダがカラダの重さに委ねることができたときには、カラダは軽く感じる。


カラダが、カラダの重さに委ねることができなくなると、カラダは重く感じる。


こうして、委ねられなくなったカラダは、もっと緊張を走らせる。カラダを動かすのに、もっと筋肉の緊張を使う。


そうしてまた、カラダの重みを感じられなくなっていく。


こうしたループが延々と続き、自分の本来の重さが重みとして感じられなくなる。


筋肉の緊張は、長い年月をかけて、筋膜の緊張へと変わる。膜が縮むことにより、筋肉が本来の長さに弛緩できなくなる。


要するに、縮むことはできても、伸びることができないカラダへと変わってしまうのだ。


人はそれを、年だからとか、年をとったという。


本当にカラダの重みを感じられるときには、筋肉ではなくて、骨の重さを感じられる。そして、筋膜が柔軟に伸びる感覚を味わうことができる。


ロルフィングは、筋膜の縮みを解放し、骨の重みを感じられるように導いていく。


要するに、年齢を重ねて縮めてきたものを、リバースするということ。


年齢をさかのぼって、本来の感覚へと導いていくということ。若返っていくということだ。


カラダの緊張が解けていくと、今までの重りが取れるような感覚を味わう。


心の重みもまた、軽くなったように感じる。


感じ方が変わるということ。


委ねることをもう一度、思い出す。お母さんのお腹にいたときには、誰しもが委ねた経験を持っていたから、きっと思い出せる。


少しずつ委ねて、緊張を重ねない方法をもう一度、学び直す。


カラダを、その重さに委ねる。


委ねきると、カラダに静けさが戻る。そうすると、心にも静けさが戻ってくる。


不安がらなくてもいいよ、心配しなくてもいいよ、と安心感が戻ってくる。


考えなくてもいいよ、と今に委ねることができるようになる。


こうして、心からカラダへ、カラダから心へと循環する。


今度は、心も、カラダも意識して委ねることができるようになっていくのだ。


人は、それを選べば、いつだって変わることのできる、希有で、すばらしい創造物だと思う。