『わたしちロルファーは、一人一人カラダへの理解が異なります。アドバンスのトレーニングであっても、それは同じ。』


ということを前に書きましたが、これを読んだ読者の方から質問を受けましたので、率直に答えてみます。


「アドバンスのコースに参加される方は、それなりの理解と経験のある人たちばかりなのだろう。」と思っていたそうです。もちろん、それなりの理解や経験はあります。


それを踏まえ、


理解というか、感覚というか、そういうものを持っている人(ここに私の名がありました。)と、それらをまだ持っていない人とは、今までのなにが違うのでしょうか?』

経験?
施術した人数?
セラピストの学校で学んだのですか?
自然に身についた?
それとも学ぶ意欲?
持って生まれたもの?
努力?
知識?
前向きなトレーニングの積み重ね?


という質問でした。今から書くのは私個人の見解ですので、ご了承くださいませ。


「何をゴールとしているか」、かな?


質問に質問で答えてしまいました(笑


論理的に突き詰めるという作業があまり得意ではありませんが、その上で読んでくださいね。


そもそも私の出発点は、


「人という存在を理解したい」、


という強い欲求や情熱でした。その後ろにあった想いは、


「人がこの世界や自然に、もしくは世界が人や自然にもっとやさしくなってほしい。そうなれるはずなのに。」


という強い思いでした。もともと正義感が強くその想いは人一倍強かったと思います。


今は、今のありのままの世界を受け入れる、という心境が強くなってきています。


一番の問いは、


「人は何でできているのだろう?」


というものでした。カラダ、こころ、スピリット、はたまた、もっと別のものでできているのだろうか?


「なぜ人は1人1人がこうも違うのだろう?」


「人の苦しみや孤独はどこからやってくるのだろう?その元は何なのだろう。」


「何がカラダにあるのか。心はどこからやってくるのか。思考は?」


「自分が体験しているこの世界は何でしょう?」


一つ一つ体験しながら理解していくしかないのか。。


これらを広く学ぶには、日本だけには留まっていられないと直感で感じました。ですから苦手な英語でも、使えるように学ぶところから始まりました。


このように、私が理解したいと思ったのは、人という全体、総体であって、カラダや心はその中の部分であった、ということが理解を早めてくれた一つの理由だと思います。


今もカラダのことを学んではいますが、それは存在の一部に焦点を合わせて、そこの部分を学んでいることを自覚しています。


そして、カラダから理解しようとしているのは、カラダだけでなく、人という存在そのものです。


また、私たちの本質は意識であり、体と心の反応は、脳と神経を介して意識が反応しているものと思っています。


意識には、個の意識と、集合意識、個人の意識下では意識できない意識が幾重にもあることも、私の意識が理解しています。


その中で今、自分は何者であるのか、ということを常に分かっていたいと思っていること。


それは、自分の体験を通して感じ、気づき、変化することでしか知覚できない、と知っていることです。


その上で、


○経験
○施術した人数
○セラピストの学校で学んだこと
○自然に身についた
○学ぶ意欲
○持って生まれたもの
○努力
○知識
○前向きなトレーニングの積み重ね


これらできること、あるものは、全部活用しています。


視野の広さが入ってくる情報を変えてくれます。個人の趣に限定せず、世界に目を向けることが、視野を広げてくれます。


個の幸せだけでなく、人々の幸せを願う心が理解を深めてくれるのだと思います。


カラダに限定せず、人という存在の中のカラダという認識が、理解の幅を広げて、そこに深さを作ってくれているのだと思います。


そして、日常生活を送っていられることへの感謝があることが、日常を非日常としてくれます。


毎日新しい気づきが生まれ、今までの気づきの上に終わることなく重なっていきます。


さて、何が質問で何が答えかわからなくなりました(笑


何をゴールとしているか。何を一番強い動機にして、何に重き置いて学びたいか、によって学ぶ速度、幅、深さが違ってくるのではないでしょうか。


私の場合は、人という存在が分かりたい、という欲求と情熱を動機にして、カラダを学んでいる、ということです。


ゴールは、人のあり方が変わり、この世の中が、少しでも人や自然、そして地球にやさしくなりますように、という変化を促し続けることです。


こう改めて自分の動機を書いてみると、ロルフィングではなく、その人がどういう意識でロルフィングを学んでいるか、ということなのだなあということが分かります。


自分という存在は、ロルフィングよりももっと大きなものですからね。


いつもこんなことを考えているわけではありません。普通の人です。小さいことで悩みます。でも意識の根底にはこんな想いがある、ということです。


施術中は、軸を整え、脱力し、思考が止まり、「する」感覚から「ある」感覚に意識が変わります。


「ある」状態になったうえで、「手」から聞いたり、圧を加え「する」と、私と共にある意識が、「手」に乗って届くのだと思います。


答えになっているかはさて置いておいて(笑、質問に答えて私も気づかせていただきました。


自分なりの答えを汲み取っていただけたらと思います。ご質問ありがとうございました。