日々の生活では経済的にも、心理的にも、自分の足で立っていられる自立は大切です。


しかし、それがあってもなお、「一人で」、「自分一人で生きて行かなくては」、と思いがちになるときには、何かがしっくりきていないときだと思います。


そもそも人は一人で生きていくことなんかはできないですし。


そしたら、一人で生きて行かなくてはならない、と考える必要は、実のところないんだと思うのです。


一人で、と考えるときには、自分で自分の視野を小さくしていると言えないでしょうか。小さな枠を作って、そこに自分を当てはめていると言えないでしょうか。


一人というのは、つながりがたたれた状態を言います。


例えば、カラダもつながりを感じられなかったり。特に指から、腕、そして胸(ハート)のつながりとかね。


私のカラダもかつてはそういう苦い経験がありました。


でも、そう考えさせることが外の世界にはいっぱい。


そう考えさせるような、人が孤立しやすい現状も確かにあるなあと思います。


問題ばかりを取り上げるメディアもやさしくないと思いますしね。


もうすこし、社会全体にやさしさが増えて、人々の心と懐に余裕ができるといいなあと思います。


中華料理を大勢で食べた方が、安くておいしくて、お腹いっぱいになるように、手軽にシェアしてゆけるようなシステムとかね。


でも、いつも助けられて気づかされることは、いつも困ったときには、誰かに助けてもらって、今まで何とかなってなっている事実がある、ということです。


自分一人で何とかしなければ、と気負う必要は、自分が思っているほどなくていいのだと気づかされるのです。


自分の小さな枠を取りはらって、


「世界は、今このときも、いつでも自分をサポートしてくれている」、

と心で思うことができたらいいなあと思います。困ったときには助けがやってきてくれている、のですから。


そして、感謝の気持ちで、その救いの手を受け止めたら良いのだと思います。


「サポートがある」、と、「一人で生きていかなくては」、と思うのとでは、同じ行動をしたとしても、その動機が全く違います。


片方は、安心感の上に行動があり、そしてもう片方は、不安の上に行動があります。


「一人で何とかしなくちゃいけない」なんて思わせないような雰囲気が、社会に広がるといいなあと思います。