ロルフィングの創始者、アイダ・ロルフ博士はこう言いました。


「重力がセラピストなのです。」


「重力がカラダを流れたら、カラダは自ずと癒されるでしょう。」


この真意が何だったのかが、最近分かってきました。


ロルファーは、重力の体現者であるべきです。その重力が
ロルファーの手からクライアントのカラダに流れるのです。


ですから、重力を体現しているロルファーほど、ロルフィングの効果は大きくなります。ロルファーの姿勢や動きを見ると、どのような方法で、どこまで重力を体現しているかが分かるでしょう。


これはある意味当たり前のことです。自分が理解している範囲でしか、伝えられないということです。インストラクターもそう言っています。


ロルフィングの施術による変化は、ロルファーの重力への理解と、クライアントの変化に対する受容範囲、この二つの化学反応です。


カラダの反応は、施術者とクライアントの相互関係の中にあるので、施術者だけでなく、クライアントの顕在意識と、潜在意識が合わさった統合意識が、どれくらい変化を受容するか、ということも関わっています。


私達が受け取れる範囲内で、変化や気づきは起こるということです。


さて、重力です。重力は私達の住む3次元の世界に、時間と空間を創造します。


言い換えると、重力をカラダに流すと言うことは、私達のカラダの中に、空間を創造する
ということです。


重力が流れるのを妨げているのが、筋膜の癒着です。膜構造は、ストレスを溜め続けると縮みます。
膜の癒着は、私達のカラダの中で、空間を制限するのです。


おそらく、時間も同時に制限しています。過去のエネルギーを溜めているからです。


過去のことは終わったのに、過去の傷が今の自分に影響を与え続けます。まるで、時間が止まっているかのように。


こうして見ると、ロルフィングで筋膜が解放されると、過去に受けた傷から解放される方が多いのもうなずけるのではないでしょうか。


空間と時間という性質を重力は含んでいます。人にもそれが当てはまらないとつじつまが合わない、と私は思っています。


ですから、膜構造の癒着や縮みは、私達の可能性を狭めているもの、ということが言えます。


ロルフィングは、ただ単に慢性痛のないカラダになるだけでなく、人間の可能性を引き出す、人間の能力開発なのです。


私達ロルファーは、可能性を妨げているこのブロック、膜構造の癒着を解いていくのです。


再び、カラダの中に空間ができるように。重力が流れやすくなるように。そして、その人の可能性が大きくなり、眠っている能力が引き出され開発されるように。その人らしく生きられるように。



こうしたことをアイダ・ロルフ博士は考えていたのだと思います。


アイダ・ロルフ博士は、「重力がセラピスト」とおっしゃいました。


それでは、私達が重力を理解すれば、自分自身の体に重力を流すこともまた、できるのではないか。



そうなのです、理論的にはできるのです。できないとロルフ博士が間違っていることになります。


私はアイダ・ロルフ博士は間違っていないと思います。


今までは、自分で自分の制限をとるのは、むつかしいのではないか、と考えていました。しかしもし重力そのものが人を癒すのであれば、自分で自分の制限をとることは可能です。


私は、忍者先生を見てそれを再発見しました。彼は、生まれたときからカラダの制限を作らなかった、といっていました。だから、重力を理解しているのです。動きの中でそれをやっています。


こんなことはふつう、ありえません(笑 大人になる過程で、カラダの制限はついていくものなのです。 「そのカラダおかしいやろっ」て毎回突っ込みたくなります(笑 天からの贈り物です。


でもそのおかげで、私はロルフィングが目指す制限のないカラダ、というロルフ博士が見ていたイデアに近い姿を、実際に見ることが叶いました。


純粋に近い形の人の骨格と、動きを見て、学ぶことができました。



そして、私は逆算することをし始めました。重力を分かって、重力がカラダに流れていると、制限を作らない。


反対に、制限があるところに、重力を流してあげると、制限は解ける(溶ける)、はず。。。


でも、私のカラダで言えば、まだ制限が完全には解けていません。こう考えます。重力と筋膜、そして人に関する理解が、私に足りないからだ。


こういうことも言えます。ロルフィングは理論としては完成していても、実践(手技)としてはまだ完成されていない。


世紀の大発見です(笑


「重力がセラピスト」という言葉をそのまま理解するのであれば、ロルフィングをさらに発展させた形は、自分で自分のカラダに重力を流して、筋膜の癒着を解き、自由なカラダになる、ということになります。


私達が重力を理解すればするほど、重力は流れるし、流せるようになる。


だから、深いところで重力と筋膜、そして人を理解していたアイダ・ロルフ博士の伝説の「手」は、圧倒的な威力でクライアントのカラダに重力を通すことができた。だから、変化が大きかった。


力が入っていようが、入っていまいが、それに関わらず。


納得ですっ! 一本の軸が通ってきました。このぶれない軸が、本来ロルフィングにはあるはずなのです。


だから施術方法も、一本の軸(完成された方法)があれば、それでいいはずだったのです。逆にどんな方法を使っていても、一本の軸を通して解釈しなおせば良いだけかも知れません。そういうことが分かってきました。


カラダに重力を通す。重力がセラピスト。ロルフ博士の言葉をそのまま理解します。


重力そのものがセラピストなら、自分が重力を分かって、重力を通して筋膜を解放すれば、ロルファーを介さなくても、制限のないカラダになれる。


この理論を、制限の大きな私のカラダで実験中です。


私のカラダの関節をとりまく腱は、硬いです。前屈は指先が床につくにはほど遠いです。脚を伸ばして座ると、
うしろに転がっていってしまいそうになるくらいです。


この外見の固さは、ストレッチをいくらやっても、改善することはありませんでした。


今までロルフィングは、カラダの中の柔らかさを引き出すものだと理解していました。だから、例えば私は、外見の制限はあっても、カラダの中の柔軟さはあります。


外見の制限は大きいです。遺伝で腱が固かったら、外見上のストレッチをしたときの柔軟さは、少しは変わっても、大きくは変わらない、というのが今までの経験から理解してきたことでした。


ロルフィングのセッションを今までに、少なくとも80回くらい?もっとかな?受けているカラダで、体験してそう思ったからです。


でもこのまま、硬さのあるカラダで終わるのか。ロルフ博士が見ていた、理想の骨格に、ここからは近づけないのか。


どうすれば、この硬い腱を持った制限だらけのカラダに、自由に重力を通してこれるのか。


忍者先生のようにビヨーンって伸びて制限を無くすことができるのか。


重力を通すということは、カラダが自由になることです。筋膜の制限がなくなり、骨格が見えて、骨の軸骨格で動く体です。


ロルフィングを受けるのではなく、自分自身で自分のカラダにこれができたら、今までに無い新しい形が見えることになります。


「重力がセラピスト」というロルフ博士の言葉を、そのまま体現することになります。


理論は確かに合っているのです。


そうなりたい。何としても、自分で、自分に重力を通す。そして、筋膜の制限を解く。溶かす。


今こうして分かってきたということは、もう見えているのです。カラダの部分的な箇所には試みています。まだ理解が全身に及んでいませんが、それを自分のカラダ全身で証明するのです。


私の丈夫なロープのような腱を持ったカラダ、ストレッチしても伸びない体が、ヨガのインストラクターのようにビヨーンと伸びる!考えるだけでもワクワクしてきます。


私の頑固さや、あきらめの悪さが味方してくれます。直感でしっくりくることに対しては、できるまで探求することをあきらめない。


アメリカへ行ったときのことを思い出します。


英語を話せず、聞けず。でも英語で、専門分野のことを学ぶ。ワークショップに外人の中、1人混じって参加する。渡米する前の私には、夢のまた夢でした。でも、一つずつやったらできました。


さて今回も、一つ一つ理解すれば、できるでしょうか。いや、できるまで、やりましょう。