そこに生まれる一瞬の輝きがある。


命の輝きだ。


考える前にあるもの。言葉の前にあるもの。動作の前にあるもの。


子供が興味を持ったものを見たときに、目が見開く瞬間。

赤ちゃんがほしいものを取るために伸ばす手。

子猫が食べ物がほしい、ニャーと鳴く、その直前の顔の表情。

絵を描きたくなるもんもんとした衝動を抱えた画家。

花火の花が開いたときに、人々が「わぁ、きれぇ~」と口に出す前の一瞬。


何かを考えたり、言葉にしたり、動作が始まる前の一瞬に見える、命の輝きがある。


その一瞬に、その人らしさがでる。


芸術とは、その命の輝きに形が生まれ、その一瞬が垣間見れるようになったものだと思う。


私たちのカラダにも命の輝きを思う。


本来、私たちのカラダにはその、命の輝きが宿る。


でも、私たちは生きていくうちに、たくさんの覆いを作り、命の輝きを隠してしまう。 



もう一度、カラダの中から、その生命力が輝けるようにしてあげたい。命の輝きが前にでてこれるために、覆いを一つでも二つでも多く取り除いてあげたい。


私にはそうした思いがある。


歩き始める前や、手を伸ばす前の一瞬に、その人の命の輝きを見る。


それは、いつだって芸術だ。


その人らしさが出てくる一瞬を思う。そして、それを妨げているブロックを解放する。


生命の輝きはいつもそこにあって、表に出るのを待っている。


「もうそろそろ輝きを取り戻したいけど、どうしたらいい?」
「どうしたら、それに気づいてもらえるのだろう?」


カラダがそんな風に言っているように、私には聞こえる。