ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる -6ページ目

ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

わたしはかもめ。飛べないかもめ。日記みたいなもの。


2月は日数が少ないから、時給生活者にとってはつらい3月。
今月は買い貯めてある本と図書館で過ごそう。
なんて思うけど、本屋に居るとついつい欲しくなる本が俺に呼び掛けてくる。

久しぶりに、以前ダウンロードしたポッドキャストを聞いてみた。
もともと、ポッドキャストを収集することにしたきっかけは、今は無き東京FMの番組『AVANTI』土曜の夕方に放送していた。
東京で暮らしてた頃は、基本、土曜日を休みにとっていた。ほとんど家に閉じ籠るか、図書館に出掛けていた。そのお伴がラジオだった。鎌倉のキオスクで買ったポケットラジオ(とても気に入っていたのだが、帰宅後に龍野で盗まれた。だから、いまだに龍野が嫌いだったりする。苦笑)を聞きながら、街を散策するのが好きだった。朝はTBSラジオの永六輔さんの番組を聞いて(ポッドキャスト化してほしいんだけどな)昼からは、東京FMにチューニングを合わせる。
この『AVANTI』が終わると休みも終わりやな。と切実に思ったものだ。
一般の人が『サザエさん』のエンディングで感じる気持ちですね。しみじみぃ。
この頃は2GBのメモリーカードを使っていた。
今は4GBを使っている。通勤に聴いている音楽は2GBで十分なんだけど、最近では売ってないですね。ニーズがないと云えばそれまでなんだろうけどね。
なんか、今の社会みたいで、小さいものは大きいものに圧されて消えていく。
次元は違うけど、なんだか、その良さを聞き入れて欲しいと思うのは、単に感傷的な時代遅れのぼやきなのかな。

『peace and Noise/patti smith』

1997年リリース

都会の街角で空を見上げる程難しい事象はない。
もし、万が一、空を見ることが出来たとしても、君が空を見上げているうちに、近くの誰かが意味なく傷つき、傷つけ、命を落とし、命を落とす。
誰かが誰かのことを嘲笑い、誰かが笑われて気がおかしくなって、その姿を通りすぎながら、自らでないことに安心して、そして、嘲笑い。さらに、弱った所を匿名で中傷する。
すべてが今風の当たり前の事柄。
さぁ、自分の事じゃないと思った人は「イイネ」ボタンをポチっとどうぞ。

昨日はオフ。
読書するぞ、と意気込んだけど、ほぼ読書することなく1日が終わる。
しかも、昼から寝たせいか、身体全体が重く、愛犬ビビ嬢と散歩ついでの買い物から帰った頃から偏頭痛を起こして、食欲がなく晩御飯を抜いた。
精神的な頭痛薬ととりあえず風邪薬を服用して、今日のポッドキャスト分をダウンロードさせて就寝。
火曜日は少ないので助かった。
ダウンロードしたものを聞きながら、少しふらふらした精神の中でふと思う。

『明日休もうかなぁ。』

今日の遅番社員は生理的に受け付けられない野郎。
しかも、3回連続。
さすがに、キツイ。

でも、ここで逃げたらあかん。ここを乗り越えなければ人間的にここの仕出しやの奴等と同じになる。
俺にはまだ未来があるんだぞ。
と自分に言い聞かせる。

今朝、なんとか頭痛は去ったようで、多少の身体のだるさは残っているが、出勤には支障がないようだ。

でも、朝、早速、奴が目に入ると憂鬱な気分が襲ってきた。
こんな時は、どんどん発想がダークな方へ行ってしまう。
とりあえず、今日を乗り越えよう。
それしか云えない自分がかなしい。