桜の栞 | ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

わたしはかもめ。飛べないかもめ。日記みたいなもの。

くだらん!

実にくだらん!


ん?

失礼した。

わしは久弐蔵と云うどこにでもおる老人じゃ。

まぁ、老人と自嘲気味に言わせてもらっておるが、

今の若いもんにはまだまだ負けん自信はある。

電車に乗ってみたらわかるだろ。

学生がドアにもたれて座り込みやがる。

見ていて、あぁ、日本ももうダメじゃと思うな。

そう思わんかね。


まぁ、そんなことはどうでもいいことじゃ。

わしが死んだ後のことまでは責任持てんからな。

どうにでもすればいいわ。


しかしな。

あっ、また始めよった。


問題はうちの孫娘じゃ。

AKBかNHKか知らんが、

うるさい音楽にあわせて2階の自分の部屋にこもって踊りやがる。

えぇーい。

わしはいつものようにほうきを取っ手で天井をとんとんと叩く。


「うるさいぃ!踊るなら外で踊れ!わけのわからんもんを聴きよって!」


すると、隣の食卓で夜ごはんを支度をしていた嫁がのんびりと、


「おとうさん、どうなされました?」


とやってくる。どうされても、こうされたもないじゃろうが、


「あぁ、由実子さん。麻奈ちゃんが部屋で踊るの注意してくださらないか。うるさくてしょうがない。」


由実子さんは苦笑しながら、

「おとうさん。すいません。あの子、将来はAKBに入るんだって一生懸命なんですよ。」


うーん。またNHKかぁ、

「だからといって、部屋で踊らんでもいいだろうが。」


「そうなんですけどね。最近、外は物騒じゃないですか。」


確かに、数日前の近所に泥棒が入ったらしい。

そういえば、ニュースでみたが、中国のどこかで女の子が車に轢かれたのにかかわらず、

見てみぬふりをしたというではないか。

となりの国の出来事とはいえど、確かに最近は常識というものに欠けた人間が多すぎる。


「だからね。学校から帰宅したら、あまり外に出歩かないように通達が来てるんですよ。」


由実子さんも困ったなぁと云う顔をしている。

そうなると、わしも何も言えなくなる。


「そうか、わかった、ほどほどにしてくれと麻奈ちゃんに言い聞かせておくれ。NHKみたいなうるさい音楽もほどほどにとなぁ。」


「おじいちゃん。NHKじゃないわよ。AKBよぉ。」


いつのまにか、由実子さんの背中に隠れるようにして麻奈ちゃんが顔だけだして、わしに言った。


「おぉ、そうか。そのなんじゃったけ。」


「AKB」


「あぁ、そのAKBとやらのうるさい音楽はやめてくれないか。」


そういうと、麻奈ちゃんは寂しそうに口を尖らせて、


「だってぇ~。」


とすねる。

わしも人の子。かわいい孫娘の機嫌を損ねるのはいやだが、

しかし、あの雑音だけはどうにもならん。


「わしのころはなぁ。あんなに暴れまわって歌いわせなんだぞ。」


「暴れてるんじゃないもん。踊ってるんだもん。」


「そ、そうか。でもな。あんなのは歌じゃない。」


「歌だもん!」


「うーん。いや、歌じゃない!」


「歌だもん!おじちゃんなんか大嫌いぃ!」


と、麻奈ちゃんは泣きながら部屋に戻ってしまった。

困惑しながらやりとりを見ていた由実子さんは、


「おとうさんの言い分もわからなくはないけど。」


わ、わかっておる。わかっておるんだが、

わしも男じゃあ、ここで引き下がることはできん。


「いや、断じてあれは歌じゃない!歌わは。直立不動で歌うんじゃ。東海林太郎みたいになぁ。」


「…。誰ですか、その正直太郎って…。」


由実子さんはきょとんとしてわしの方を見ている。


「いや、正直太郎じゃなくて、東海林太郎じゃ。し、知らんのか?」


由実子さんはこくりとうなづく。これ以上真実を告げたうなずき方はないだろう。

そうか、知らんのかぁ。


わしはつぶやくと。

由実子さんに背中を向けた。


「おとうさん。麻奈の気持ちもわかってあげてくださいね。」


とだけ言い残して、食卓へと戻っていった。


時代は変わる。

わしの常識は時代を経て化石化してしまうのか。


わしは唯一の友のラジオのスイッチを入れた。

すると美しいコーラスがピアノの調べと共に流れてきた。


桜の花は

未来の栞

いつか見たその夢を

思い出せるように…。


いい歌だなぁ。

知らぬうちにわしの目から涙がこぼれた。

わしが若いころに桜の木の下で、

今は亡き妻に告白したのが、卒業式の日だった。

しかし、戦争の真っ只中。

わしと妻はいつか出会う日のために桜の花びらを広いお互いに交換した。

いつかまた出会うことを信じて…。


「おとうさん。」


由実子さんがわしが黙っているので、様子を見に来たようだ。

わしは振り向きもせずに、


「この曲は誰の曲か知っとるか?」


「は、はい。」


「いい曲だ。」


すると、由実子さんがぷっと笑った。


「な、何がおかしいんだ!」

わしは振り向きながら怒鳴った。


「え、えっ。」


由実子さんはわしが怒鳴ったことに対する恐怖とわしの表情にびっくりしたようだ。


「な、なんだ。」


わしは由実子さんのあまりの驚愕の表情に、怒った気持ちが不安に変わった。


「な、泣いていらっしゃたんですか?」


「な、なにをいうか。泣いてはおらん。そ、それより、さっきの曲は知ってるのか?」


由実子さんは笑顔になって、


「はい。もちろん。」


と言った。そして、


「すこし待ってくださいね。おとうさん。」


と言って、部屋を出て行ってしまった。

いたずらっぽい目をしておったな。

なんなんだ。


しばらくすると、麻奈ちゃんの部屋からあの曲が流れてきた。

わしはびっくりして、天井を見上げた。

そして、麻奈ちゃんと由実子さんがわしのそばにやってきて、

一緒に歌い始めた。


桜の花は

涙の栞

大切なこの瞬間を

いつまでも忘れぬように…


「ま、まさか。」


「うん。おじいちゃん。AKBの「桜の栞」って曲よ!」


麻奈は笑顔で言って、わしに向かってピースサインをした。


「そ、そうか、NHKの曲か。」


「AKBぃ!」


わしの負けかぁ。

いや、負けじゃない。

時代に追いついた分。わしの勝ちじゃぁ!


わしは次の曲に合わせて、にこやかに踊る麻奈ちゃんに向かってピースサインを向けた。