昭和60年6月29日 土曜日
午前6時に目が覚めた。
空は雲もなく晴れている。
いつものようにガソリンコンロで炊飯をして目玉焼きと味噌汁で朝食を済ませた。
昼ごはん用におにぎりを握ってから食後のコーヒーを愉しみ、片づけを始めて荷物をバイクにパッキングして午前9時半に仕度を整えて浜小清水キャンプ場を後にした。
直ぐ近くの浜小清水原生花園を横目に見るとかなり開花が進んで、ハマナスの花も咲いていた。244号線を網走に向けて走った。
網走から能取半島に向かった。
能取半島は網走の北側でオホーツクに面して突き出ているが、半島の西側に能取湖があり湖に沿って対岸の岸が砂州のように半島に向かって延びている。そのために地図で見ても半島には見えないような気がした。
私はこの能取半島に沿って延びる美岬ラインと呼ばれる道路を走った。
右手に碧い海を眺めながら半島の東側の海岸線を走っていくと二ツ岩が見えてきた。
海に浮かぶ岩が夫婦のように並んだ岩だ。
二ツ岩が見える場所にバイクを停めてしばらくこの岩と海のコントラストを楽しんだ。
再びバイクを走らせて岬の突端へ向かった。
緑に囲まれた緩やかなカーブの続く道を走って岬の案内板に従い走ると視界が開けて青い海が広がりアスファルト道路の先に灯台が見えた。
灯台は白と黒の横の縞模様の小さく可愛い灯台だった。
周りは牧草地帯が広がり青い海が眩しく光る。絶景だった。
海と灯台と牧草地帯の緑のコントラストは絶妙だった。
能取岬を堪能した私は再びバイクを走らせて能取半島の西側の海岸線を走り網走から39号線で美幌に向かった。美幌で39号線にて北見へ北見の市街地を脇目に見ながら走り抜けた。この北見から石北峠までの60キロ程は単調な直線が続いた。
石北峠の手前の富士見でおなかが空いたのでバイクを停めて出発前に握ったおにぎりを頬張ってコーヒーを沸かして一息ついた。
一息ついてから石北峠を上った、この峠は結構なワインディングが続き勾配もあった。石北峠を越すと39号線は層雲峡に到着した。
層雲峡は渓谷で岩場が競りあがり、まるで山梨の昇仙峡のようだった。
美しい岩場でもあり、少し恐ろしくも感じた。
この層雲峡は観光バスが乗り付けて観光客が観光していた。駐車場でバイクを停めるとヤマハXJが停まっていてナンバーを見たら横浜ナンバーだった。
ライダーと話しをすると彼は神奈川の逗子在住とのことで、私と同郷ナンバーは旅先では凄く嬉しくもあった。
層雲峡を見学して逗子の彼と別れて午後3時に層雲峡を後にして39号線を上川に向けて走った。
上川で273号線へ合流して北見峠へと向かった。峠の手前で273号線は分岐して北に向かう、私は333号線で北見峠を越した。北見峠を越すと333号線は国鉄の石北本線と並行し延びていた。丸瀬布(まるせっぷ)を越して上遠軽(かみえんがる)にて242号線に乗り遠軽の市街地に走った。
遠軽の町で地元の中学生らしき子供たちに手を振られて振り返しながら走った。
やがて242号線は238号線にぶつかり私は左折した。
この頃には日が沈んで辺りは暗かった。
紋別空港の近くにコムケ湖国際キャンプ場と言う案内板を見つけてキャンプ場に向かった。
このキャンプ場は極上の芝が敷いてあり最高のコンディションだった。
キャンプ場には先客が3人、テントが3張りあった。
九州、名古屋、地元のライダーだった。
この同泊者の3人のライダーと語りながら食事の支度をして食事をするときに地元ライダーが、嫁さんが作ったツブ貝の酢味噌で和えた「ツブのヌタ」をお裾分けしてくれた。
初めて食べるツブのヌタはコリコリして酢味噌加減が絶妙だった。
しばしみんなと歓談して、私は9時に床に就いた。